
作戦「ウルカヌス」とは何か
ローマ神話の火と鍛冶の神にちなんで名付けられた作戦「ウルカヌス(Vulcan)」は、チュニジア戦役における連合軍の最終攻勢として計画されたものである。計画では総攻撃の日を5月6日と定め、その前に二つの前哨作戦を実施することになっていた。
5月4日の前哨作戦:フランス第19軍団
まず5月4日、フランス第19軍団が真っ先に攻撃を仕掛け、敵二個軍団の接合部にあたるザグワンの「蝶番」を打ち砕こうとした。この行動の目的は、敵予備兵力をそちらの方面へ引きつけ、メジェズ・エル・バブにおける奇襲効果を高めることにあった。
5月5日の前哨作戦:イギリス第5軍団
続いて5月5日には、イギリス第5軍団がメジェズとテブルバの間、川の南岸に位置するジュベル・ブー・アウカズを攻略し、主攻撃の左側面に対するあらゆる脅威を取り除くことになった。
主攻撃:メジェズ東方からの突破
主攻撃は、夜明けとともにメジェズ東方の極めて狭い正面から開始される。第一線には歩兵2個師団(イギリス第4師団およびインド第4師団)が展開し、集中砲火による支援を受けた後、夜明けには前例のない大規模な航空爆撃が加えられる予定だった。
この2個師団の後ろには、第6・第7装甲師団が当初から続いて進むことになっていた。「突破口が開かれた瞬間、ただちに歩兵を追い越す際に、遅延や躊躇が生じないようにするため」である。
2個装甲師団は、「両側面で何が起ころうとも気にかけず」マシコー、サン・シプリアン、そしてチュニスへ向けて一直線に突き進む。こうして敵が防衛線を占領・増強する時間的余裕を与えることなく、首都至近の防御帯に突入するはずだった。その第一目標はサン・シプリアンである。歩兵2個師団は、残残敵を掃討しながら可能な限り迅速にこれらを追跡することとなっていた。
計画を支える三本柱――衝撃・速度・そして奇襲
これが「ウルカヌス」作戦の骨子であり、圧倒的な打撃力と電光石火の追撃に基づくものだった。しかし、それを支えるもう一つの不可欠な要素があった。それは奇襲である。
決定的な主攻軸において奇襲を達成するには、ドイツ軍に「主攻撃はもっと南から来る」という幻想を抱かせ続けなければならなかった。そこで本格的な謀略が仕組まれ、突破地点として選ばれた地区から、できるだけ多くの戦車と対戦車対戦車砲を遠ざけておくことが図られたのである。
アンダーソン将軍は、セブクレット地区の第1装甲師団については一切の偽装を行わない一方で、ブー・アラダ地域において実物と囮を混ぜた大規模な戦車集結と大掛かりなトラック移動を組織した。その一方で、夜陰に乗じ最大限の警戒のもと、第6・第7装甲師団をメジェズ橋頭堡へと移動させたのである。