古代の歴史

横井庄一 ― グアムのジャングルで28年間生き延びた最後の日本兵

横井庄一 ― グアムのジャングルで28年間生き延びた最後の日本兵

横井庄一(よこい・しょういち、1915年3月31日 愛知県佐織町〈現・愛西市〉出身 - 1997年9月22日没)は、第二次世界大戦の終結後もグアム島のジャングルに潜み続け、1972年に発見されるまで約28年間ものあいだ隠れ暮らした元日本兵です。

従軍と潜伏生活の始まり

1941年、横井は大日本帝国陸軍に応召され、まもなくグアム島へと派遣されました。そして1944年、米軍が同島を占領すると、彼はジャングルの中へと姿を消します。

28年間に及ぶジャングルでの生活

潜伏生活の初期、横井は昼夜を分かたず慎重に行動しました。夜間だけ狩りを行い、日中は決して人前に姿を見せず、島に自生する植物を食料として採り、衣服を作り、寝床を整えるためにも利用しました。地面に掘った穴を住処とし、そこで眠りについたといいます。

彼がここまで徹底して身を隠したのには理由がありました。戦争中、日本軍がグアム島の民間人に対して行った虐待や蛮行を知っていたため、現地の人々の手に落ちれば命はないと確信していたのです。実際、第二次世界大戦の終結を告げるビラを目にした後も、横井は投降を選ばず、四半世紀以上にわたって潜伏生活を貫きました。

1972年、運命の出会い

1972年1月24日の午後、横井はタロフォフォの森で、地元の猟師イエス・ドゥエニャスとマヌエル・デグラシアによって発見されました。二人は近くの小さな川に仕掛けたエビ捕りの罠を回収している最中でした。

最初、二人は横井を現地の人間だと思っていましたが、日本人だと気づくと、不意を突いてなんとか取り押さえ、藪の中から連れ出しました。グアムの戦いの直後、逃亡中の日本兵によってデグラシアの姪が殺されていたため、彼はその場で射殺しかねないほど激昂しましたが、ドゥエニャスが必死に説得し、なんとか思いとどまらせたといいます。

帰国と「恥」の言葉

横井は錆びついた古い小銃を手にしたまま日本へ帰国しました。帰国の際、彼はこう語ったと伝えられています。
「生きて恥をさらして帰ってまいりました」
この言葉はその後、広く一般に浸透し、有名な言葉となりました。

帰国後の人生

日本各地を巡るメディア取材ツアーを終えた後、横井は結婚し、故郷の愛知県に定住しました。無為に終わった戦争のための長い不在にもかかわらず、彼は日本のテレビ番組でおなじみの存在となり、質素で堅実な生き方を繰り返し説きました。1977年には、ドキュメンタリー『横井庄一 グアム島での28年間の秘密生活』(原題:Yokoi and His Twenty-Eight Years of Secret Life on Guam)にも登場しています。

また、勤務期間の遡及支給として約300ドル相当の金額を受け取り、これに少額の年金が加えられました。

天皇との面会と晩年の告白

1991年、横井は当時の天皇・明仁(現・上皇)と面会するという栄誉に浴しました。彼自身、この出会いを人生最大の光栄だと述べています。ところがその数か月後、彼はジャングルに潜伏し続けた意外な理由を明かしたのです。

「私は辛い子供時代を過ごしました。家族の何人かは私に意地悪でした。ジャングルに残ったのは、彼らに見せつけてやりたかったからなのです」

戦後最後の残留日本兵として知られる横井庄一。その28年間の潜伏生活は、戦争が一人の人間の人生に刻む深い傷深い傷跡と、驚異的な生存意志の両方を今に伝える物語といえるでしょう。