古代の歴史

ロバート・ド・ブルース(キャリック伯爵)― スコットランド王位を巡る激動の生涯

ロバート・ド・ブルースとは

ロバート・ド・ブルース(ロバート6世ブルース、1253年頃 - 1304年)は、アナンデール第6代領主であり、妻の権利によりキャリック伯爵の地位を有したスコットランドの貴族である。後にスコットランド王となるロバート1世(ロバート・ザ・ブルース)の父として知られている。

スコットランド王位継承問題

彼は「競争者(コンピテーター)」と呼ばれたロバート・ブルース(1295年没)の息子であり、正式な相続人であった。父は1290年以降、スコットランド王位継承権を主張し、二人の主要な王位請求者の一人であった。

1286年にスコットランド王アレグザンダー3世が死去すると、父はジョン・ベイリャルと王位を争うことになった。ロバートは父を支援するため、ライバルに打ち勝つべくイングランド王エドワード1世と同盟を結んだ。しかし勝利の後、エドワード1世は約束を反故にして王位を与えることを拒否し、父子はこのイングランド君主に裏切られる形となった。

ウィリアム・ウォレスとの関わり

その後、ロバートはウィリアム・ウォレスと共闘し、スコットランド解放のために戦った。しかし嫉妬心からウォレスのもとを離れ、再びイングランド側につくという複雑な行動をとった。だが1298年、フォルカークの戦いでウォレスが敗北した後、彼は再びスコットランド国民の大義へと身を捧げることになった。

このようにイングランドとスコットランドの間で揺れ動いた彼の政治的姿勢は、当時のスコットランド独立戦争期における貴族たちの苦悩を象徴するものであった。

家族と子孫

ロバートはキャリック女伯爵マーガレット・ド・キャリック(1292年没)と結婚した。夫妻の間には以下の子どもたちが生まれた。

  1. ロバート・ザ・ブルース ― 後のスコットランド王ロバート1世
  2. エドワード・ブルース
  3. トマス・ブルース ― 1307年処刑
  4. アレグザンダー・ブルース ― 1307年処刑
  5. ナイジェル・ブルース ― 1306年処刑
  6. クリスティーナ・ブルース
  7. メアリー・ブルース
  8. イゾベル・ブルース(1358年没)― 1293年にノルウェー王エイリーク2世と結婚
  9. マチルダ・ブルース ― ロス伯ヒューと結婚

長男のロバートは1306年にスコットランド王として即位し、1314年のバノックバーンの戦いでイングランド軍に決定的な勝利を収め、スコットランドの独立を確立させた。一方、処刑された兄弟たちは、イングランドによる弾圧の犠牲となった悲劇的な存在として歴史に名を残している。