アグリ・デクマテスとは
アグリ・デクマテス(Agri Decumates)は、古代の黒い森(シュヴァルツヴァルト)およびその周辺、現在のドイツ南西部に広がっていた歴史的地域です。地理的には、ライン川・ドナウ川・マイン川に囲まれた三角形の地帯にあたり、ローマ帝国の辺境防衛において重要な役割を担いました。
地名の由来
「デクマテス」という名称は「十分の一税の土地」を意味すると考えられており、かつて10のカントン(小部族集団)がこの地に居住していたことを示唆している可能性があります。ただし、名称の正確な起源については諸説あり、今なお議論の対象となっています。
ローマ帝国による併合
ローマ人はフラウィウス朝の皇帝たちの時代、西暦74年頃からこの領域の併合を開始しました。その主な目的は、ライン川とドナウ川にそれぞれ駐屯する軍団の間の連絡路と補給線を確保し、帝国辺境の防衛体制を強化することにありました。
併合後、この地域にはローマ式の道路網や城塞が整備され、後に築かれた上ゲルマン・ラエティアのリーメス(国境防壁)の一部として発展していきました。
先住民族とローマ支配の終焉
歴史家タキトゥスの記述によれば、この地域には以前ヘルウェティイ族が住んでおり、その後ガリア人たちが定住したとされています。
しかし西暦260年頃、ゲルマン系のアレマンニ族の圧力が高まり、ローマ人はアグリ・デクマテスからの撤退を余儀なくされました。以降、この地域はアレマンニ族の支配下に入り、やがて後のドイツ語圏の中核地域の一つへと変遷していきました。