パエオニアとは
パエオニア(Paeonia)は、バルカン半島中部に位置する古代の地域・王国であり、パエオニア人(Paeonians)の国として知られています。その領域は、現在の北ギリシャ、北マケドニア、ブルガリア西部にまたがり、アクシオス川(現ヴァルダール川)流域一帯とその周辺地域を含んでいました。
なお、「パエオニア」という名称は、ギリシャ神話の医神パイアオン(Paion)に由来するとされ、植物のボタン属(Paeonia属、すなわちシャクヤク)と共通の語源を持つ言葉でもあります。
パエオニア人の起源と衰退
パエオニア人は、トラキア人とイリュリア人が混交した民族であると考えられています。紀元前490年のペルシア軍の侵攻によって勢力を大きく弱められ、ストリモン川(ストルマ川)沿いに暮らしていた諸部族は、トラキア人の支配下へと置かれることになりました。
その後、マケドニアの勢力拡大が進むにつれ、残されたパエオニア人は次第に北方へと押しやられていきます。そして紀元前358年、ついにマケドニア王フィリッポス2世の軍勢に敗れ、パエオニアはマケドニアの支配下に組み込まれました。
王朝の名誉とローマ時代
興味深いことに、国土を失った後もパエオニアの土着王朝は高い名声を保ち続けました。紀元前289年頃には国王アウドレオンがアテナイの市民権を授かり、彼の娘はエピロス王ピュロスと結婚するなど、当時の国際社会において依然として重要な存在でした。
ローマ支配の時代になると、パエオニアはマケドニア属州の第2区および第3区に編入されました。しかし西暦400年頃までには、パエオニア人としての民族的アイデンティティはほぼ失われ、「パエオニア」という名はもはや単なる地理上の呼称にすぎないものとなっていったのです。