水素爆弾とは
水素爆弾(H爆弾)、別名熱核爆弾は、原子爆弾よりもはるかに大きな破壊力を秘めた核兵器です。
その威力は核融合反応に由来するため、「融合爆弾」と呼ばれることもあります。水素爆弾は、地球上に存在する最も強力な兵器とされています。
原子爆弾と水素爆弾の違い
原子爆弾は、ウラン235(235U)やプルトニウム239(239Pu)といった重い化学元素を用いて作られます。一方、水素爆弾はその名の通り、軽元素である水素(H)を原料としています。
広島と長崎に投下された原子爆弾(それぞれウラン235とプルトニウム239を使用)は、核分裂——原子核を分裂させるプロセス——によって生み出されました。
これに対し、水素爆弾は核融合——原子核同士が結びつくプロセス——によって実現したものです。つまり、核反応の種類こそが両者を分ける最大の違いなのです。
水素爆弾の仕組み
水素爆弾の爆発は、約1,000万℃という極めて高い温度下で起こる核融合反応によって引き起こされます。
水素(H)の同位体である重水素(2H)と三重水素(3H)が互いに結合します。同位体とは、陽子と電子の数は同一ですが、中性子の数が異なる元素のことを指します。
原子核が結合すると、さらに膨大なエネルギーが発生します。これは、水素の4倍もの質量を持つヘリウムの原子核が形成されるためです。
このように、軽い核から重い核へと変化するのが核融合です。そのため、核融合のプロセスは核分裂よりも数百倍、数千倍もの激しさを持つのです。
圧倒的な破壊力
水素爆弾の破壊力はメガトン単位で測定されます。1メガトンは100万トンのダイナマイトに相当します。一方、原子爆弾の破壊力は同じ爆薬換算でおよそ千トン(キロトン)規模にとどまります。
歴史上、原子爆弾が実際に使用されたのは第二次世界大戦中の2回のみで、日本の広島市と長崎市を壊滅させました。
エニウェトク環礁での核実験
1952年11月1日、アメリカ合衆国はマーシャル諸島のエニウェトク環礁において、「アイビー・マイク(Ivy Mike)」と名付けられた核実験を実施しました。その威力はあまりにも凄まじく、直径約2キロメートルの巨大なクレーターが形成されました。
この島は第二次世界大戦終結後、無人島となり、核実験場へと転用されていました。
1970年代に入ると人々の帰還が始まり、アメリカは本格的な除染作業に着手しました。そして1980年、この島は汚染がない状態であると認定されました。
ビキニ環礁
マーシャル諸島に位置するビキニ環礁も、1946年から1958年にかけてアメリカによって核実験場として使用されました。
当地では20発を超える水素爆弾が炸裂したため、環礁は居住不可能な状態に陥りました。現在、ビキニ環礁はユネスコの世界遺産に登録されています。
マンハッタン計画
アメリカが主導したマンハッタン計画は、1940年代における原子爆弾開発の中核を担いました。
計画全体を指揮したのは物理学者ジュリアス・ロバート・オッペンハイマーです。また、この計画に参加していた物理学者エドワード・テラー(1908〜2003年)は、「水素爆弾の父」として知られています。
もう一人の参加者であるフィリップ・モリソン(1915〜2005年)はアメリカの物理学者で、原子炉の開発業務に携わりました。