
1944年6月、ベラルーシで発動されたソ連軍の大攻勢「バグラチオン作戦」。ヴィテブスク方面では、ドイツ中央軍集団の左翼を担う第6軍団が、ソ連軍の圧倒的な兵力と火力を背景とした猛攻にさらされていた。本稿では、開戦からわずか一日足らずで事実上消滅したドイツ第299歩兵師団の運命を追う。
強化されたソ連第63狙撃師団
ソ連第63狙撃師団は、第5軍の主力部隊の一つであり、同軍の展開の最右翼を担っていた。3個狙撃連隊と1個砲兵連隊を基幹とし、突撃砲大隊で増強されていた。
さらに攻撃開始前には、突撃砲連隊、駆逐戦車連隊、軽砲兵連隊、多連装ロケット砲連隊、そして重榴弾砲連隊2個という強力な増強を受けていた。一個師団に対するこれほどの手厚い火力集中は、ソ連軍がこの正面突破にどれほどの重点を置いていたかを物語っている。
わずか3.3kmの正面での攻撃
バグラチオン作戦の初期段階において、第63狙撃師団は、ドイツ第6軍団隷下の第299歩兵師団の正面、わずか3.3kmという狭い区間で攻撃を行うことになっていた。第299歩兵師団の師団長は、ハンス・ユング中将である。
ドイツ師団は、2個連隊(各2個大隊編成)を第一線に、残る1個連隊を予備に配置した、堅固に組織された防御陣地を構えていた。一方、ソ連側の師団長ラスキン少将は、自らの3個連隊すべてを第一線に投入して攻撃する決断を下した。右翼に2個連隊、左翼に1個連隊という布陣である。
ラスキン少将は突撃砲と駆逐戦車の3分の2を予備に温存し、残り3分の1を歩兵の直接支援に充てた。25分間の徹底的な砲撃準備の後、第63狙撃師団の部隊は攻撃を開始した。
ドイツ軍陣地の崩壊
ドイツ軍の第一線陣地は、守備隊が反応する前に瞬く間に占領された。午後までに第63狙撃師団の部隊はドイツ軍の拠点をすべて制圧し、ドイツ軍陣地内を流れる小川にかかる橋をも確保した。
この時点で第63狙撃師団は、2つの大きな水障害と湿地帯を突破し、ドイツ軍5個大隊を打ち砕き、多数の重砲を鹵獲していた。ドイツ第299歩兵師団は事実上消滅し、第6軍団の中央に巨大な空白が生じた。こうして、ヴィテブスク包囲への道は南からも開かれたのである。
第197歩兵師団への波状攻撃と20kmの回廊
同じ頃ヴィテブスク南方では、第299歩兵師団の壊滅を受け、今度は第197歩兵師団がソ連軍攻勢の矢面に立たされた。その防御正面はたちまち裂かれ、残存部隊は後退を余儀なくされた。
こうして、ヒトラーの独断的な死守命令と、それに追従した中央軍集団司令官ブッシュ元帥の判断によって、ヴィテブスクに釘付けされた第53軍団の残存部隊と、後方へ退却した第6軍団の部隊との間に、幅20kmを超える巨大な回廊が開かれた。ヴィテブスクの守備隊が包囲網の中に取り残されることは、もはや時間の問題となっていた。