古代の歴史

アグリッパはアウグストゥス帝に初代パンテオンの建設を命じられたのか、それとも自ら提案したのか?

ローマのパンテオンといえば、正面の銘文に「M・AGRIPPA・L・F・COS・TERTIVM・FECIT(マルクス・アグリッパ、ルキウスの子、三度の執政官、建造す)」と刻まれていることから、多くの人はアウグストゥス帝の時代にマルクス・ウィプサニウス・アグリッパが建設したものだと考えています。しかし実は、現存するパンテオンはアグリッパの建築ではなく、約2世紀後のハドリアヌス帝の時代に再建されたものなのです。

現在のパンテオンはハドリアヌス帝が建設

今日私たちが目にするドーム型の壮麗なパンテオンは、西暦118年から128年頃にかけて、皇帝ハドリアヌスの監督のもとで建設されました。ハドリアヌスは建築と文化を深く愛した皇帝として知られており、この再建事業にも強い関心を持っていたと伝えられています。

アグリッパによる初代パンテオンとは

アグリッパが最初のパンテオンを建設したのは、紀元前27年から25年頃のことです。これはアウグストゥス帝の側近として権勢を誇ったアグリッパが、自らの発案と費用負担によって進めた事業だったとされています。ただし、当時の建物は現在のような円形ドーム様式ではなく、伝統的な神殿形式の矩形建築でした。

焼失と再建の歴史

アグリッパのパンテオンは、西暦80年の大火、さらに110年頃の落雷による火災で損壊しました。これを受けたハドリアヌス帝が全面的な再建を行い、それが現在まで残る「万神殿」としての姿です。興味深いことに、ハドリアヌスは自分の名を刻まず、あえてオリジナルの建設者であるアグリッパの銘文をそのまま正面に残しました。この謙虚さゆえに、長い間人々はこの建物をアグリッパの作品と信じてきたのです。

まとめ

つまり、アグリッパがアウグストゥス帝に「命じられて」建てたのか「提案して」建てたのかという問いに対しては、史料上はっきりとした記録は残っていませんが、初代パンテオンはアグリッパ自身の主導による事業だったと考えられます。そして現存するパンテオンは、その後継者たちの時代を経て、ハドリアヌス帝によって生まれ変わった建築なのです。