古代の歴史

南北戦争の主な戦いとは?開戦から終戦までの5大战役を解説

アメリカ南北戦争(1861年~1865年)は、北部(合衆国=北軍)と南部(連合国=南軍)の間で繰り広げられた、アメリカ史上最も激しい内戦です。この記事では、開戦から終戦までの流れをたどれるよう、代表的な5つの戦いについて、日時・場所・結果をわかりやすく解説します。

第一次ブルランの戦い(1861年)―― 南北戦争最初の大会戦

第一次ブルランの戦い(別名:第一次マナサスの戦い)は、南北戦争における最初の大規模な会戦で、1861年7月21日にバージニア州プリンスウィリアム郡、マナサスおよびブルラン川付近で行われました。

結果は南軍の勝利に終わり、「短期間で決着する」と考えられていた戦争が、長く苛烈な対立へと発展していくことを予感させるものとなりました。

シローの戦い(1862年)―― 最も激戦の一つ

シローの戦い(別名:ピッツバーグ・ランディングの戦い)は、1862年4月6日から7日にかけて、テネシー州南西部で行われました。

両軍合わせて23,000人を超える死傷者が出た、南北戦争でも特に犠牲の大きい戦いの一つです。この戦いは北軍の勝利に終わり、戦局全体の重要な転換点となりました。

ゲティスバーグの戦い(1863年)―― 北米史上最大の会戦

ゲティスバーグの戦いは、1863年7月1日から3日にかけて、ペンシルベニア州の町ゲティスバーグとその周辺で行われました。

両軍あわせて16万人以上の兵士が参加したこの戦いは、北米大陸で史上最大規模の会戦とされています。北軍の勝利により南軍の勢いは失われ、戦争終結への道が大きく開かれました。

ヴィックスバーグの戦い(1863年)―― ミシシッピ川を巡る攻防

ヴィックスバーグの戦いは、1863年5月18日から7月4日にかけて、ミシシッピ州の都市ヴィックスバーグとその周辺で行われました。

北軍の勝利によって南軍によるミシシッピ川の支配は終わりを迎え、南部は東西に分断されました。戦争の帰趨を決定づけた出来事の一つと言えます。

アポマトックス・コートハウスの戦い(1865年)―― 終戦への幕引き

アポマトックス・コートハウスの戦いは、1865年4月9日にバージニア州アポマトックス郡で行われました。

これが南北戦争最後の主要な戦いとなり、リー将軍率いる南軍の北バージニア軍が北軍に降伏しました。この降伏をもって、4年に及んだ内戦は事実上の終結を迎えたのです。

まとめ:5つの戦いで見る南北戦争の流れ

  • 第一次ブルランの戦い(1861年7月):南軍の勝利。長期化の序章となった開戦初の大会戦
  • シローの戦い(1862年4月):北軍の勝利。23,000人超の犠牲を出した戦局の転換点
  • ゲティスバーグの戦い(1863年7月):北軍の勝利。北米最大の会戦で南軍衰退の始まり
  • ヴィックスバーグの戦い(1863年5月~7月):北軍の勝利。ミシシッピ川を掌握し南部を分断
  • アポマトックス・コートハウスの戦い(1865年4月):南軍降伏。南北戦争の実質的な終結