結論:デフ・スミスはアラモの戦いには直接関わっていない
イラスタス・「デフ」・スミス(Erastus "Deaf" Smith、1787年〜1837年)は、テキサス革命における著名な偵察兵・伝令として知られる人物ですが、実はアラモの戦い(1836年2月〜3月)には参加していません。
当時、彼はサム・ヒューストン率いるテキサス軍のもとで伝令として活動しており、アラモ砦がメキシコ軍に包囲されていた期間には戦場とは別の場所にいたため、この有名な攻防戦に直接関与する機会はありませんでした。
それでもテキサス革命において重要だった理由
アラモでの活躍こそないものの、デフ・スミスはテキサス革命全体の中で欠かせない役割を果たしています。
- 卓越した偵察兵:難聴を抱えていたことから「デフ(Deaf=耳の聞こえない人)」という愛称で呼ばれましたが、地形に関する深い知識と冷静沈着な性格により、テキサス軍きっての斥候・ガイドとして重用されました。
- 初期の戦の戦闘での貢献:1835年のコンセプシオンの戦いや「草の戦い」で活躍し、特にメキシコ軍への兵士の給料となる銀貨を輸送する隊列を発見した功績はよく知られています。
- サンジャシントの戦いでの決定的な働き:1836年4月、ビンス橋を破壊する重大な任務を遂行しました。これによりメキシコ軍の退路を断ち、ヒューストン将軍率いるテキサス軍がサンタ・アナの部隊を打ち破り、事実上テキサスの独立を決定づける道が開かれたのです。
死後も残る名声
戦後、その功績を称えてテキサス州にはデフ・スミス郡(Deaf Smith County)が設けられました。アラモの戦いの参加者ではないものの、「テキサス独立の英雄」として今日まで記憶されている人物です。