中央航路(ミドル・パッセージ)には、特定の発生年は存在しません。これは単一の出来事ではなく、数世紀にわたって続けられた継続的なプロセスだったためです。
中央航路とは何か
中央航路とは、大西洋を舞台とした三角貿易の第二区間を指す言葉です。ヨーロッパを出発した船はまずアフリカへ向かい、そこで奴隷とされた人々を積み込みます。そして大西洋を横断して南北アメリカ大陸へ運び、帰りには砂糖、タバコ、綿花などの商品を積んでヨーロッパへ戻るという、三角形の航路の中核を担っていました。
中央航路が続いた期間
中央航路は16世紀に始まり、19世紀まで約300年以上にわたって続きました。当初はポルトガルやスペインが主導していましたが、17世紀以降はイギリス、フランス、オランダなども参入し、奴隷貿易はさらに大規模化していきました。
強制移送された人々の数
推計によれば、中央航路を通じてアフリカから南北アメリカ大陸へ強制的に移送された人々は、1000万人から2000万人にのぼるとされています。過密で不衛生な船内環境や病気、虐待などにより、航海の途中で多くの命が失われたことも知られています。
終焉への道のり
18世紀後半になると、啓蒙思想や宗教的運動の影響を受けて奴隷貿易廃止の声が高まりました。イギリスが1807年に奴隷貿易を禁止したのをはじめ、19世紀を通じて各国で段階的に廃止されていき、中央航路はその歴史的役割を終えていきました。