古代の歴史

ジェロニモとジョセフ酋長とは?19世紀アメリカ先住民の二大指導者の生涯

ジェロニモとジョセフ酋長は、19世紀のアメリカにおいて、自民族の土地と生活様式を守るために合衆国政府に立ち向かった、最も著名なネイティブ・アメリカンの指導者たちです。二人の人生は、先住民が直面した強制移住と同化政策の時代を象徴しています。

ジェロニモ――チリカワ・アパッチ族の不屈の戦士

ジェロニモは、チリカワ・アパッチ族の著名な指導者にして呪術師(メディスンマン)でした。本名は「ゴヤークレ(Goyaałé)」といい、1829年頃に現在のアリゾナ州にあたる地域で生まれました。

彼は先祖伝来の土地からの強制移住や保留地への収容に頑強に抵抗し、アリゾナやニューメキシコでアメリカ人入植者や軍隊に対する数多くの襲撃を指揮しました。

ジェロニモはゲリラ戦術の名手として知られ、圧倒的な兵力差をものともせず捕縛を巧みにかわし続けました。また、対立しがちだった複数のアパッチ系集団を共通の敵のもとに団結させるという、卓越したリーダーシップも発揮しています。

1886年、ついにアメリカ陸軍へ降伏したジェロニモは、各地を転々と移送されながら投獄されました。故郷の大地に戻ること叶わぬまま、1909年に監禁状態のままこの世を去りました。

ジョセフ酋長――ネズ・パース族の雄弁な指導者

ジョセフ酋長は、太平洋岸北西部に暮らすネズ・パース族の指導者です。1840年頃、現在のオレゴン州にあたる地域で生まれました。

彼の名を歴史に刻んだのは、1877年のネズ・パース戦争での活躍です。この戦争は、合衆国政府がネズ・パース族を従来よりはるかに狭い保留地へ追い込もうとしたことが発端となりました。

ジョセフ酋長と一族は、「ネズ・パースの逃避行」として知られる壮絶な旅に出ます。カナダ国境を目指して1,100マイル(約1,770km)を越える道のりを進みましたが、国境まで約60kmの地点で追跡部隊に追いつかれました。それでも彼らは、この過酷な試練の中で並外れた勇気、忍耐力、そして団結力を見せつけました。

降伏の際に残した「これ以上戦うことはいたしません(I will fight no more forever)」という言葉は、後世に語り継がれる名言となっています。最終的に敗れて保留地への移住を余儀なくされたものの、その指導力と雄弁さによって、先住民・非先住民の双方から深い尊敬を集め、晩年は先住民の権利を訴える有力な擁護者として活動しました。

1904年に亡くなったジョセフ酋長は、先住民の抵抗と文化保存の象徴として、今日まで受け継がれる遺産を残しました。

二人の指導者が現代に残したもの

ジェロニモとジョセフ酋長は、それぞれ戦士と外交家という異なる道を歩みながらも、自民族の権利と自己決定のために身命を賭して闘った点で共通しています。彼らは今もなお、アメリカ先住民の歴史におけるアイコンであり、植民地主義的な拡張と強制的な同化政策に対する先住民の抵抗の象徴として、人々の記憶に刻まれ続けています。