古代の歴史

チカマウガの戦いは何が発端?南北戦争最大級の激戦が始まったきっかけを解説

チカマウガの戦いの背景:北軍の追撃

1863年9月、アメリカ南北戦争の西部戦線では、ウィリアム・ローズクランズ少将率いる北軍カンバーランド軍がテネシー州チャタヌーガへ進軍し、ブラクストン・ブラッグ将軍指揮下の南軍を同市から撤退させました。南軍はジョージア州方面へ退却しましたが、北軍はこれを執拗に追撃。やがてテネシー川の支流であるチカマウガ・クリーク付近で南軍の主力に追いつきました。

戦闘の発端:1863年9月19日の遭遇戦

戦闘が始まったのは1863年9月19日のことです。当日、ジョージ・トーマス少将が指揮する北軍左翼の部隊が移動中に南軍の騎兵隊(ネイサン・ベッドフォード・フォレスト准将の部隊)と遭遇し、小競り合いが発生しました。この偶然の接触を発端に、両軍は次々と増援を投入。ブラッグ将軍も反撃を命じたため、戦いは瞬く間に数万人規模の激戦へと拡大していきました。つまりチカマウガの戦いは、計画された総攻撃ではなく、追撃の過程で生じた偶発的な遭遇から発展した消耗戦だったのです。

ロングストリートの攻撃と戦局の決定打

翌20日には、バージニア方面から夜行軍で到着したばかりのジェームズ・ロングストリート中将の軍団が、北軍戦線の中央付近に猛攻を仕掛けました。北軍の布陣に生じたわずかな隙を突いたこの攻撃は見事に的中し、北軍の右翼と中央は崩壊して、ローズクランズ司令官以下多くの部隊がチャタヌーガへ敗走します。しかし、トーマス少将は「チカマウガの岩(Rock of Chickamauga)」の異名を持つ粘り強さで左翼の防衛を貫き、全軍の壊滅を免れさせました。

まとめ

チカマウガの戦いは、北軍による南軍追撃の過程で起こった遭遇戦が引き金となって始まりました。戦術的には南軍の勝利に終わりましたが、北軍はチャタヌーガを確保し続け、同年11月のグラント将軍によるチャタヌーガの戦いでの逆襲、ひいては南部深部への進撃への重要な足がかりとなりました。