古代の歴史

メソアメリカ文明とメソポタミア文明の共通点と決定的な違い――「車輪」の謎に迫る

離れた大地で花開いた二大文明の共通点

メソアメリカ文明(マヤ、アステカなど)とメソポタミア文明(シュメール、バビロニアなど)は、地球の反対側ともいえるほど離れた地域で独自に発展しました。しかし、両者には驚くほど多くの共通点があります。

  • 独自の文字体系を持っていた
  • 灌漑(かんがい)システムを利用した農業を行っていた
  • ピラミッド型の巨大建造物を建設していた

これらはいずれも高度な社会組織と技術力を必要とするものであり、人類の文明発展における普遍性を示す興味深い例です。

唯一の例外は「車輪」

この問いの答えとなる例外こそ、「車輪」です。

メソポタミアでは、シュメール人が紀元前3500年頃に車輪を発明し、荷車や陶工用のろくろなど幅広い用途に活用していました。バビロニアの時代にも車輪は生活や運搬の中核技術として定着していました。

一方、マヤやアステカに代表されるメソアメリカ文明は、優れた天文学や数学、建築技術を持ちながらも、車輪を実用的な用途に用いることはありませんでした。

なぜメソアメリカでは車輪が普及しなかったのか?

興味深いことに、マヤの遺跡からは車輪の付いた土製の玩具が実際に出土しています。つまり、車輪という概念自体を知らなかったわけではないのです。実用化されなかった背景としては、次のような理由が考えられています。

  • 馬や牛のような大型の家畜(役畜)が存在しなかった
  • 密林や山岳地帯が多く、車輪による移動に適した地形ではなかった

技術の発展は、知識の有無だけでなく、その土地の環境や資源に大きく左右される――この二大文明の比較は、それを如実に物語る好例といえるでしょう。