古代の歴史

ノルマン兵は鎖帷子の下に布のベストを着ていたのか?―史料が示す真実

中世の戦争を描く映画やイラストでは、鎖帷子(くさりよろい)の下に布製のベストや綿入れの上着を着込む兵士の姿がよく見られます。しかし、ノルマン人の兵士、とりわけ11世紀のノルマン・コンクエストの時代において、彼らが実際にそのような布製のベストを鎖帷子の下に着用していたことを裏付ける証拠は存在しません。

当時の史料に見るノルマン兵の装備

ノルマン兵の姿を伝える最も重要な資料の一つが、1066年のヘイスティングスの戦いを描いた「バイユーのタペストリー」です。この壮大な刺繍には、膝丈の鎖帷子(オーバーク)を身につけ、円錐形の兜をかぶった騎士たちが数多く描かれています。しかし、鎖帷子の下に何を着ていたのかを明確に示す描写はなく、布製のベストや詰め物をした防具用の上着が確認できる場面は一切ありません。

なぜ「着ていた」と誤解されやすいのか

この誤解が生まれる背景には、後世の中世ヨーロッパにおける慣習があります。12世紀以降になると、鎖帷子の下に着る衝撃吸収用の布製防具「ガンベソン」や「アケトン」の使用が広まり、文献や絵画にも登場するようになります。こうした後代の知識を、無意識のうちに時代をさかのぼってノルマン朝期へ当てはめてしまうケースが少なくないのです。

歴史研究における慎重な姿勢

歴史学者たちは、推測を事実として扱うことに対して非常に慎重です。ノルマン兵が快適性や擦れ防止などの目的で何らかの布地を着ていた可能性は完全には否定できませんが、「戦闘時に鎖帷子の下に布製のベストを着用していた」と断言できる考古学的・図像学的な証拠は、現在までに見つかっていません。
結論として、これはあくまで後世の慣習からの類推にすぎず、実証された史実ではないのです。中世軍事史を語る際には、史料の時代性と限界を見極めることが不可欠といえるでしょう。