古代の歴史

ホロコースト期の「カポ」とは?強制収容所で囚人を監督した特権的囚人の実態

カポとはどのような存在だったのか

カポ(Kapo)とは、ホロコースト期のナチス強制収容所において、他の囚人からなる作業班を監督するようナチス当局から任命された囚人のことです。「囚人機能者(ヘフトリンクスフンクツィオナー)」とも呼ばれるこの立場は、通常、ある程度長く収容されていた囚人の中から、信頼でき、従順で、協力的であると見なされた者が選ばれていました。

カポに与えられた特典と課された重圧

カポには、追加の食料配給や、囚人服の代わりに私服を着用できる権利など、一般の囚人にはない一定の特典が与えられました。しかし一方で、監督下にある囚人たちの行動や作業の生産性に対して責任を負わされ、ナチスの期待に応えられなかった場合には、自らも厳しい処罰を受ける危険にさらされていました。つまりカポとは、加害体制の一端を担わされながら、自らも常に脅威にさらされるという極めて矛盾した立場だったのです。

物議を醸した役割――加害者か、被害者か

ホロコーストにおけるカポの役割は、今日に至るまで大きな論争の対象となっています。一部のカポは与えられた権力を濫用し、監督下の囚人を残酷に虐待しました。その一方で、可能な限り囚人たちを守ろうとしたり、せめて彼らの収容所生活を少しでも耐えられるものにしようとしたりしたカポも存在しました。

生存者たちの記憶

ナチス強制収容所の生存者の多くは、カポのことを苦々しい思いとともに記憶しています。しかし同時に、この役割がいかに困難であり、カポが多大な心理的圧力に直面していたかを理解し、その状況の複雑さを認める声もあります。生存者であり作家のプリーモ・レーヴィが著書の中で論じた「灰色の地帯」という概念は、こうした善悪が単純に割り切れない状況を表す言葉として知られています。

戦後の責任追及

ホロコースト後、かつてカポを務めた一部の人々は戦争犯罪の容疑で裁判にかけられ、有罪判決を受けました。ドイツやポーランドなどでは、囚人仲間への残虐行為が法廷で問われた事例があります。しかしその一方で、多くの元カポは処罰を逃れ、戦後は普通の市民として人生を送りました。体制の被害者でありながら加害にも関与したというカポという存在の二面性は、ホロコースト研究において今なお重要な倫理的テーマとなっています。