「ピルグリム(巡礼者)」として知られるイギリスの清教徒たちは、1620年11月19日(当時使われていたユリウス暦では11月9日)に北米大陸へ到達しました。彼らは「メイフラワー号」という船に乗って大西洋を渡り、現在のアメリカ合衆国マサチューセッツ州にあたる場所に「プリマス植民地」を築きました。
メイフラワー号による過酷な航海
ピルグリムたちは1620年9月、イングランド南西部の港町プリマスを出発しました。乗客は男女合わせて約102名です。彼らは母国での宗教的迫害から逃れ、自由な信仰生活を求めて新天地を目指していました。航海は約2か月に及び、荒波や狭い船内での生活など数々の困難に直面しながら、彼らは海を越えたのです。
北米到達とプリマス植民地の建設
1620年11月9日(ユリウス暦)、コッド岬の沖で陸地が確認されたのが、北米到達の瞬間でした。その後、ピルグリムたちはケープコッド周辺を探索し、現在のプリマスの地への定住を決めます。上陸に先立ち、男性乗客たちが署名した「メイフラワー誓約(メイフラワー・コンパクト)」は、植民地における自治の基礎となった重要な文書として歴史に名を残しています。
アメリカ史における意義
プリマス植民地は、ニューイングランド地方における最初期の恒久的なイギリス人入植地の一つとなりました。最初の冬は厳しい寒さと病気により多くの入植者が命を落としましたが、先住民族ワンパノアグ族から農耕の技術を学び、翌年の秋には豊かな収穫を祝う宴を開いたといわれています。この出来事が、アメリカの「感謝祭(サンクスギビング)」の起源であるとされています。