イングランド史における最も偉大な君主の一人として名高いウェセックス王アルフレッド(後の「大王」)が王位に就いたのは、兄エゼルレッド1世の死後のことでした。しかし、彼の即位は単なる偶然ではなく、いくつかの重要な要因が重なった結果だったのです。
王家に近親の男子候補がいなかった
当時のウェセックス王国では、必ずしも先代の王の直系の子が自動的に王位を継ぐとは限らず、王族の中から相応しい人物が選ばれる慣習がありました。ところが、エグバート王以来続くウェセックス王家の血筋において、近親の男子となる候補者はすでに残っていませんでした。このため、王位継承の選択肢は自然とアルフレッドへと絞られていったのです。
実証済みの武勇と指導力
もう一つの決め手となったのが、アルフレッド自身の実績です。彼は父エゼルウルフ王の存命中から、そして兄エゼルレッドの治世においても、数多くの戦役に王族の長老格として参加し、その武勇と指導力を繰り返し証明してきました。特にヴァイキング(デーン人)との戦いでは、若くして優れた軍事的才能を発揮し、王国を守るうえで欠かせない存在となっていました。
まとめ
つまり、アルフレッドの即位は、「王家に他の適任者がいなかった」という事情と、「長年の戦いで示された勇気と統率力」という実績の両輪によって支えられたものでした。871年に兄の死を受けて王位に就いたアルフレッドは、その後ヴァイキングの侵攻からイングランドを守り抜き、学問と法の振興にも尽力して、「アルフレッド大王」として歴史に不朽の名を刻むこととなります。