古代の歴史

アリエノール・ダキテーヌの子供たちの名前と生涯|8人の子女を一覧で解説

アリエノール・ダキテーヌの子供たち

アリエノール・ダキテーヌ(1122年頃~1204年)は、フランス王ルイ7世、そして後にイングランド王ヘンリー2世と結婚した、中世ヨーロッパで最も影響力を持った女性の一人です。二度の結婚を通じて、彼女は合計8人の子供をもうけました。ここでは、それぞれの子供の名前、生没年、結婚相手などを分かりやすくご紹介します。

最初の結婚:フランス王ルイ7世との間の子供

マリー(1145年頃~1198年)
シャンパーニュ伯アンリ1世と結婚し、シャンパーニュ女伯として活躍しました。中世文学の重要な保護者としても知られています。

アリックス(1150年頃~1198年)
ブロワ伯ティボー5世と結婚し、ブロワ女伯となりました。

二度目の結婚:イングランド王ヘンリー2世との間の子供

マティルダ(1156年~1189年)
ザクセン公兼バイエルン公ハインリヒ獅子公と結婚し、ザクセン公妃となりました。

リチャード1世(1157年~1199年)
通称「獅心王」。父ヘンリー2世の死後、イングランド王位を継承しました。十字軍で名声を得た武勇の王として知られています。

ジョフロワ2世(1158年~1186年)
ブルターニュ公。父ヘンリー2世の死後、兄に先んじてイングランド王位継承権を主張しましたが、馬上槍試合の事故により若くして亡くなりました。

エレノア(1162年~1214年)
カスティーリャ王アルフォンソ8世と結婚し、カスティーリャ王妃となりました。

ジョーン(1165年~1199年)
シチリア王グリエルモ2世と結婚し、シチリア王妃となりました。

ジョン(1166年~1216年)
通称「欠地王」。兄リチャード1世の死後、イングランド王位を継承しました。マグナ・カルタ(大憲章)の承認を迫られた王として歴史に名を残しています。

まとめ

アリエノール・ダキテーヌの子供たちは、フランス、イングランド、ザクセン、カスティーリャ、シチリアなど、広範な地域の王家・貴族家と結ばれました。彼女の子孫は後の中世ヨーロッパ政治に大きな影響を与え、アリエノールは「ヨーロッパ王室の祖母」とも呼ばれています。