古代の歴史

なぜハリカルナッソスの霊廟は建てられたのか?その歴史と背景を探る

古代世界七不思議の一つ、ハリカルナッソス霊ッソス霊廟の誕生

ハリカルナッソス霊廟(現在のトルコ・ボドルム)は、紀元前4世紀半ばに建設された壮大な墓廟です。この建造物は、当時アケメネス朝ペルシア帝国の支配下にあったカリア地方のサトラップ(総督)であったマウソロスと、彼の妹であり妻でもあったアルテミシア2世のために建てられました。

マウソロスとアルテミシアという二人の人物

マウソロスは紀元前377年頃から紀元前353年にかけてカリアを統治した指導者です。彼はペルシア帝国への従属を受け入れながらも、実質的には独立した君主として振る舞い、首都をハリカルナッソスに置き、都市の繁栄と文化の発展に力を注ぎました。

マウソロスの死後、妹であり妻でもあったアルテミシア2世が統治を引き継ぎました。彼女は最愛の夫の記憶を永遠に留めるため、霊廟の建設事業を強く推し進めたと伝えられています。

「マウソレウム」の語源となった傑作建築

霊廟の高さは約45メートルに達し、ギリシャ人建築家サテュロスとピュティオスが設計を担当しました。装飾彫刻にはスコパスやブリャクシスなど、当時最高峰の彫刻家たちが参加したと言われています。

その名声はあまりに高かったため、マウソロスの名前に由来する「マウソレウム(霊廟)」という言葉が、後に壮大な墓廟を指す一般名詞として世界中に広まることになりました。

現代へ受け継がれた遺産

ハリカルナッソス霊廟は古代世界七不思議の一つに数えられましたが、12世紀から15世紀にかけての地震により崩壊しました。現在ではボドルムに遺構が残されており、出土した彫刻の一部は大英博物館に所蔵され、かつての壮麗さを今に伝えています。