アステカ人が建造したピラミッドの大部分は、14世紀から16世紀にかけて建てられました。アステカ帝国は14世紀に台頭し、1521年のスペインによる征服まで栄えたため、このおよそ200年間が彼らの大規模な建築活動の時期にあたります。
アステカ帝国の興隆とピラミッド建築
アステカ人は1325年頃、テスココ湖の中洲に首都テノチティトランを築きました。都市の発展とともに、宗教的・政治的な中心地として数多くの神殿ピラミッドが建設されていきました。これらのピラミッドは単なる墓ではなく、神々への祭祀を行うための神殿基壇としての役割を持っていました。
代表的なピラミッド「テンプロ・マヨール」
中でも特に有名なのが、首都テノチティトランの中心部に建てられた「テンプロ・マヨール(大神殿)」です。このピラミッドは戦と太陽の神ウィツィロポチトリ、そして雨と豊穣の神トラロックに捧げられており、歴代の王たちによって何度も増改築が繰り返され、層状に拡張されていきました。
建設が終わった理由
1519年にスペイン人のエルナン・コルテス一行が到来し、1521年にテノチティトランが陥落すると、アステカのピラミッド建設は終わりを迎えました。征服後、彼らの神殿の多くは破壊されるか、解体され、その石材はスペイン風の教会や建物の建設に転用されていきました。