植民地時代、さまざまなネイティブ・アメリカン(インディアン)の部族が、それぞれ異なる理由からイギリスと同盟関係を結んでいました。ここでは、その背景と代表的な部族を5つの視点から詳しく解説します。
1. 「王党派」と呼ばれた部族
アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)の際、現在のカナダや五大湖地域、南部植民地に暮らす多くのネイティブ・アメリカン部族は、イギリス王室への忠誠を選択しました。
彼らがイギリス側についた理由には、長年の交易関係、宗教的なつながり、新興アメリカによる領土拡大への恐れ、そしてイギリスから約束された土地と保護などがありました。忠誠を誓った代表的な部族としては、イロコイ連邦、ショーニー族、デラウェア族、チェロキー族などが挙げられます。
2. 交易を通じて結ばれた同盟
経済的な利益を求めて、イギリスとの関係を維持した部族も少なくありませんでした。イギリスは毛皮交易の仲介役として機能し、ネイティブ・アメリカンが求める工芸品や物資と引き換えに、価値の高い毛皮を入手していたのです。
クリー族、オジブワ族、ヒューロン族などの部族は、イギリスが主導する毛皮交易ネットワークに積極的に参加していました。
3. 戦略的な外交同盟
一部の部族は、自らの自治権を守り、敵対する部族やヨーロッパ系入植者との力関係を均衡させるための戦略として、イギリスとの外交同盟を築きました。
たとえば、アメリカ南東部に居住していたチカソー族とチョクトー族は、同地域におけるフランスやスペインの影響力に対抗するため、イギリスと手を組みました。
4. 条約と土地協定による関係
イギリスは数多くの部族と条約を締結し、忠誠と軍事的支援と引き換えに、土地の確保、保護、交易上の優遇を約束しました。
ヒューロン族、オダワ族、ポタワトミ族などの部族はこうした協定を結び、自らの領土と伝統的な生活様式を守ることを目的としていました。
5. 軍事的な支援を目的とした同盟
紛争が起きた際には、軍事的な支援と保護を求めてイギリスと同盟を結ぶ部族もありました。フレンチ・インディアン戦争(1754年〜1763年)、ポンティアック戦争(1763年〜1766年)、米英戦争(1812年)などの戦争では、一部の部族が共通の敵に対抗するため、イギリス軍と協力して戦いました。
まとめ:すべての部族がイギリスと組んだわけではない
重要なのは、すべてのネイティブ・アメリカン部族がイギリスと同盟を結んだわけではないという点です。多くの部族は中立の立場を貫き、あるいはイギリスの影響力や領土拡大に積極的に抵抗しました。部族ごとの利害関係や状況によって、取るべき道は大きく異なっていたのです。