古代の歴史

第一次・第二次イギリス・ポーハタン戦争の勝者はどちらだったのか?

はじめに

17世紀初頭の北米ヴァージニア植民地では、イギリス人入植者と先住民族ポーハタン連邦との間で二度の武力衝突が起こりました。それぞれ「第一次」「第二次」と呼ばれるイギリス・ポーハタン戦争ですが、その勝敗はどのように決まったのでしょうか。本記事では両戦争の経緯と結果をわかりやすく解説します。

第一次イギリス・ポーハタン戦争(1609年〜1614年)

第一次イギリス・ポーハタン戦争は、1609年から1614年にかけて行われた紛争です。この戦争の転換点となったのが、ポーハタン酋長の娘であるポカホンタスの捕縛でした。彼女を人質として確保したことが決定打となり、最終的にイギリス側が勝利を収めることになりました。

戦争終結後に締結された和平条約では、ポーハタン側に対して次の条件が課されました。

  • イギリス人入植者の存在を受け入れること
  • 捕らえていた他のイギリス人捕虜を解放すること

これにより、イギリスはヴァージニアにおける足場を一層強固なものにしました。

第二次イギリス・ポーハタン戦争(1622年〜1632年)

一方、1622年から1632年まで続いた第二次イギリス・ポーハタン戦争は、ポーハタンとその民にとって、自らの土地と生活を守るための主に防衛的な戦いでした。しかし、兵力と物資の面で圧倒的に優位に立っていたイギリス側が再び勝利します。

この結果、ポーハタンは不利な状況の中で休戦交渉に応じることを余儀なくされました。ただし、前回とは異なり、今回はポーハタン側がある程度有利な条件を引き出せるよう交渉を行ったとされています。

まとめ

両方の戦争において勝利したのはイギリス側です。第一次戦争ではポカホンタスの捕縛が勝敗を分け、第二次戦争でも軍事的優位によってイギリスが制しました。これらの勝利は、イギリスによる北米東海岸での植民地支配を確固たるものにする重要な転機となりました。