古代の歴史

ローマ皇帝オクタウィアヌスはなぜ「アウグストゥス」と呼ばれるようになったのか?その真実を解説

「オクタウィアヌスが自らアウグストゥスへと改名した」という説明がよく見られますが、実はこれは正確ではありません。彼自身が進んで名前を変えたのではなく、ローマ元老院が彼に「アウグストゥス(Augustus)」という尊称を授けたことが真相です。

ユリウス・カエサルの養子となったオクタウィアヌス

オクタウィアヌスは、紀元前44年に暗殺されたユリウス・カエサルの遺言によって正式な養子として指名されました。これにより、彼は「ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス」を名乗ることになり、カエサルの政治的遺産と支持基盤を受け継ぐ立場となりました。

元老院から授けられた「アウグストゥス」の称号

内乱を終結させ、ローマに平和をもたらした功績を称えるため、紀元前27年に元老院はオクタウィアヌスへ「アウグストゥス(尊厳ある者・神聖な者)」という称号を贈りました。この称号には宗教的な威厳が込められており、「王」という忌避される響きを持たずに、彼の最高権力者の地位を正当化する重要な役割を果たしました。

帝政ローマの幕開けを告げる瞬間

この授与は単なる改名ではなく、共和政ローマから帝政ローマへの転換点を示す歴史的な出来事でした。以降、オクタウィアヌスは初代皇帝アウグストゥスとして知られることになり、約40年にわたる安定した統治のもとでローマ帝国の基礎を築き上げました。