懺悔王エドワードとノルマン・コンクエストの関係
結論から言えば、懺悔王エドワード(Edward the Confessor)はノルマン・コンクエスト(ノルマン征服)を主導していません。
エドワードは1042年から1066年に死去するまでイングランド王として在位しました。彼の治世は、デーン人による支配が終わり、ウェセックス王家が復活した時期にあたります。
ノルマン・コンクエストを主導したのはウィリアム公
1066年にイングランドへ侵攻し、征服を成し遂げたのは、ノルマンディー公ギヨーム2世、すなわちウィリアム征服王(William the Conqueror)です。
1066年1月、エドワードは後継者を残さないまま死去し、イングランドではハロルド・ゴドウィンソンが王位に就きました。しかしウィリアム公は、かつてエドワードから王位継承を約束されていたと主張し、同年9月にイングランドへ上陸。10月のヘイスティングスの戦いでハロルド王を破り、イングランド征服を実現したのです。
エドワードの果たした役割とは
エドワード自身が征服を主導したわけではありませんが、若き日にノルマンディーで長く亡命生活を送り、ノルマン文化に親しんでいたこと、また死後に深刻な王位継承問題が発生したことは、結果的にノルマン・コンクエストへの道を開く要因となったと考えられています。