ヨシフ・スターリンがグルジア正教会の神学校から「追放された」というのは、広く信じられている誤解です。実際には、スターリンはチフリス(現トビリシ)神学校に通っていましたが、卒業することなく約4年で退学しています。
チフリス神学校への入学
スターリン(本名・ヨシフ・ジュガシヴィリ)は1894年、15歳前後でチフリス神学校に入学しました。当時のグルジアでは、神学校は貧しい家庭の子どもが質の高い教育を受けられる数少ない場所であり、母ケケは息子が聖職者になることを強く願っていました。スターリン自身も当初は真面目な学生として、優秀な成績を収めていたと伝えられています。
信仰から革命思想へ
ところが在学中、スターリンは校内で禁じられていたダーウィンやマルクスの著作などに触れ、次第に革命思想へと傾倒していきます。やがて地下の社会民主主義サークルに加わり、労働者への宣伝活動にも関わるようになりました。厳格な宗教教育の場は、むしろ彼に体制への反発心を植え付けることになったのです。
「追放」ではなく退学
1899年、スターリンは卒業を前にして神学校を去りました。聖職者への道を自ら捨て、革命活動に身を投じたのです。つまり彼は神学校から追放されたのではなく、4年ほど学んだ末に自ら去った、いわば「中退者」だったと言えます。
この神学校時代の経験は、後のスターリンの思想と行動に深い影響を与えたとされ、ソ連の独裁者へと至る彼の人生の原点の一つと見なされています。