古代の歴史

いわゆる「文明化五部族」の中で最大の部族は?チェロキー族の歴史と背景

アメリカ合衆国の歴史において、いわゆる「文明化五部族(Five Civilized Tribes)」と呼ばれる先住民族の中で最大の規模を誇っていたのは、チェロキー族(Cherokee)です。

チェロキー族の人口と規模

19世紀初頭、チェロキー族の人口は約15,000人に達しており、五部族の中で群を抜く規模でした。彼らは独自の文字であるチェロキー文字や、部族発行の新聞、成文憲法を持つなど、当時のヨーロッパ系アメリカ人社会から「文明的」とみなされる要素を積極的に取り入れていました。

その他の四部族

「文明化五部族」には、チェロキー族のほかに以下の4つの部族が含まれます。

・チカソー族(Chickasaw)
・チョクトー族(Choctaw)
・クリーク族(Creek、マスコギ族)
・セミノール族(Seminole)

「文明化」という呼称の由来

これら五部族が「文明化された部族」と呼ばれたのは、ヨーロッパ系移民の農業技術、教育制度、キリスト教などの文化を受容し、アメリカ社会への適応を進めていたためです。しかし皮肉なことに、1830年のインディアン移住法成立後、彼らはミシシッピ川以西のインディアン準州(現在のオクラホマ州)への強制移住を余儀なくされました。特にチェロキー族がたどった移住の道程は、多くの犠牲者を出したことから「涙の道(Trail of Tears)」として知られています。