古代の歴史

奴隷解放法はなぜ1834年ではなく1838年・1840年なのか?――実は「1833年奴隷廃止法」が正解

「1838年・1840年の奴隷解放法」は実在しない

まず結論からお伝えすると、1838年や1840年に「奴隷解放法(Emancipation Act)」は制定されていません。この年代に奴隷解放に関する法律が存在するというのは、よく見られる誤解です。

実際に制定されたのは「1833年奴隷廃止法」

イギリスにおいて奴隷制を廃止した法律は、1833年奴隷廃止法(Slavery Abolition Act 1833)です。この法律は1833年8月28日に議会で可決され、1834年8月1日に発効しました。

同法の施行により、大英帝国全土で奴隷制が廃止されることになりました。ただし、次の2つの地域については適用外とされました。

  • イギリス東インド会社が管轄する領土
  • セイロン(現在のスリランカ)

これらの地域については、翌年に別個の法律が可決され、そちらによって扱われることになりました。

なぜ1838年・1840年という年代が語られるのか

1838年や1840年という年号が奴隷解放と結びつけて語られる背景には、1833年法に付随していた「徒弟制度(Apprenticeship)」の存在があります。これは、解放された元奴隷が一定期間引き続き元の所有者の下で労働に従事するよう定めた過渡的な制度で、当初は1840年までの継続が予定されていました。

しかし、この制度は過酷であるとして強い批判を受けた結果、予定より早い1838年8月1日に大部分で廃止されました。こうした経緯から、「1838年」「1840年」という年が奴隷解放の歴史の中で言及されることがあるのです。

まとめ

イギリスの奴隷制廃止を定めたのは1838年でも1840年でもなく、1833年に成立し1834年に発効した奴隷廃止法です。1838年・1840年という年号は、発効後に設けられた徒弟制度の終了時期に関係するものであり、独立した「奴隷解放法」が存在したわけではありません。