古代の歴史

第一神殿と第二神殿の破壊には何年の差があった?約656年の歴史を解説

エルサレムに建てられた二つの神殿——第一神殿と第二神殿。それぞれが異なる帝国の手によって破壊されましたが、その間にはおよそ656年という長い歳月が流れています。ここでは、二つの神殿がいつ、どのようにして失われたのかを詳しく見ていきましょう。

第一神殿(ソロモン神殿)の破壊

第一神殿は「ソロモン神殿」としても知られ、紀元前586年に破壊されたと考えられています。当時、新バビロニア帝国の王ネブカドネザル2世がユダ王国を征服し、エルサレムを包囲しました。この攻撃によって第一神殿は完全に破壊され、ユダヤ人たちはバビロン捕囚として知られる亡命の時代へと追いやられました。

第二神殿の破壊

一方、第二神殿は西暦70年にローマ帝国によって破壊されました。後に皇帝となるティトゥスの指揮の下、ローマ軍はエルサレムを包囲・攻略し、街とともに第二神殿をも滅ぼしました。この出来事は第一次ユダヤ戦争の決定的な転換点となり、ユダヤ民族の歴史において極めて重要な意味を持つ出来事とされています。

二つの破壊の間隔は約656年

紀元前586年から西暦70年までの期間を計算すると、第一神殿の破壊から第二神殿の破壊までには、およそ656年が経過していることになります。この間、ユダヤ人はバビロン捕囚からの帰還と第二神殿の再建を経験しており、二つの神殿の破壊は、エルサレムとユダヤ人の歴史における二つの大きな転換点を象徴しています。