ローマ帝国の崩壊は、その広大な領土を数多くの後継国家、王国、公国へと分裂・細分化させる結果となりました。帝国の滅亡には、行政面・政治面での不安定さ、経済の衰退、外部勢力からの軍事的圧力、そしてキリスト教の広範な普及など、さまざまな要因が複雑に絡み合っていました。ここでは、ローマ帝国崩壊後に各地域で何が起きたのかを詳しく見ていきましょう。
1. 西ヨーロッパ
西ローマ帝国は、西暦476年、ゲルマン人の指導者オドアケルが最後のローマ皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させたことにより、正式に滅亡しました。
西帝国の領土は、スペインと南フランス一帯を支配した西ゴート王国、イタリアの東ゴート王国、北アフリカのヴァンダル王国、そしてブリテン島のアングロサクソン諸王国など、さまざまなゲルマン系部族や王国によって分割されることになりました。
2. 東ヨーロッパ
東ローマ帝国(通称ビザンツ帝国)は、西側の滅亡後もさらに約1000年にわたって存続しました。
ビザンツ帝国は、ギリシャ、バルカン半島、現在のトルコの一部を含む南東ヨーロッパの大部分に対する支配を維持し続けました。
しかしその一方で、スラヴ民族の侵入や移住、さらに東方ではサーサーン朝ペルシアとの対立といった深刻な課題にも常に直面していました。
3. 北アフリカ
北アフリカのヴァンダル王国は、5世紀にゲルマン系のヴァンダル人によって建国されました。
ヴァンダル人は、アフリカ属州(現在のチュニジア)を中心に、アルジェリアやリビアの一部まで含む広大な地域を支配下に置きました。
ところが533年、ビザンツ帝国の名将ベリサリウスがヴァンダル王国を征服し、北アフリカには再びローマ(ビザンツ)の支配が復活することとなります。
4. 中東
中東に位置していたローマ帝国の東方属州は、当初サーサーン朝ペルシアによって占領されました。
その後、7世紀にイスラム教が興ると、アラブ・ムスリム勢力がシリア、パレスティナ、エジプト、北アフリカなど、旧ローマ領を含む中東の大部分を次々と征服していきました。
5. ブリテン島
ローマ属州ブリタンニア(ブリテン島)は、帝国の他の国境防衛が差し迫った課題となったため、5世紀初頭にローマ軍団によって放棄されました。
その後、アングル人、サクソン人、ジュート人などのゲルマン系部族がブリテンへと移住し、小規模な王国を次々と築いたことで、アングロサクソン・イングランドが誕生しました。
6. ガリア(現在のフランス)
ガリア南部の多くは西ゴート王国が支配しましたが、一方で別のゲルマン系部族であるフランク人がガリア北部に自らの王国を樹立しました。
やがて西ゴート王国はフランク人によって征服され、ガリアはフランク王国の中心地として栄えていくことになります。
まとめ
ローマ帝国崩壊後に誕生した国境線や政治体制は、諸勢力や王国間の紛争、民族大移動、権力争いによって絶えず変動する、極めて流動的なものでした。こうした激動の時代こそが、後の中世ヨーロッパの政治的地図を形作る基盤となったのです。