結論から言えば、オスマン帝国はイスラム文明の黄金時代に中東を支配していません。イスラム黄金時代に中東を支配していたのは、ウマイヤ朝やアッバース朝といったカリフ(カリフ制国家)と、その宗主権下にあった諸勢力です。オスマン帝国はそれよりはるかに後、14世紀に台頭した新しい勢力でした。
イスラム黄金時代とはいつか
一般に「イスラム黄金時代」と呼ばれるのは、8世紀から13世紀頃までの時期です。この間、アッバース朝の都バグダードは世界最大級の学問と文化の中心地となり、「知恵の館」ではギリシャ哲学や科学書の翻訳が進められました。数学・天文学・医学・哲学などの分野で多大な成果が生まれ、カリフとその支配体制がこの繁栄を支えていました。
オスマン帝国の登場はその後
オスマン帝国は、13世紀末から14世紀初頭にかけて、アナトリア(現在のトルコ西部)でオスマン1世によって興された国家です。1299年頃の建国とされることが多く、モンゴルの侵攻によってアッバース朝が崩壊した後の時代に成立しました。
帝国は1453年にコンスタンティノープル(現イスタンブール)を陥落させて東ローマ帝国を滅ぼし、16世紀にはマムルーク朝を破ってシリアやエジプト、さらにアラビア半島へと勢力を広げ、ようやく中東の大部分を支配するに至ります。つまり、オスマン帝国の中東支配は、イスラム黄金時代がすでに終わった後の出来事なのです。
まとめ
イスラム黄金時代を支えたのはウマイヤ朝・アッバース朝など初期のカリフ制国家であり、オスマン帝国は14世紀以降に勃興した後発の勢力です。両者は時代も性格も異なる存在であり、混同しないことが重要です。