神聖ローマ帝国は、一般的に中世の帝国として位置づけられています。
962年、ドイツ王オットー1世(オットー大帝)がローマ教皇ヨハネス12世から帝冠を授かり、神聖ローマ帝国が正式に成立しました。その後、帝国は1806年、ナポレオン・ボナパルトの圧力によってフランツ2世が帝位を退位するまで、約840年間にわたって存続しました。
「中世」という時代区分との関係
西洋史における中世は、一般的に5世紀(西ローマ帝国滅亡の476年頃)から15世紀(1453年のコンスタンティノープル陥落やルネサンスの始まり頃)までを指します。神聖ローマ帝国の成立はこの期間内であるため、「中世の帝国」と呼ばれるのが自然です。
ただし、近世へと続いた帝国
一方で注意すべき点があります。神聖ローマ帝国は15世紀で終わったわけではなく、むしろ帝国の実権を握っていたのは16世紀以降のハプスブルク家の時代でした。つまり、神聖ローマ帝国は中世に成立し、近世を通じて存続した長寿の国家体制だったといえます。
さらにその起源を遡れば、800年にカール大帝(シャルルマーニュ)がローマ皇帝として戴冠した出来事につながります。神聖ローマ帝国は「古代ローマ帝国の後継者」を自称しながらも、実際には中世ヨーロッパで誕生した政治体だったのです。
まとめ
神聖ローマ帝国は古代の帝国ではなく、962年にオットー1世によって成立した中世の帝国であり、その後近世まで存続し、1806年にナポレオンによって解体されました。古代・中世・近世という時代区分の中では、中世に起源を持つ帝国と理解するのが最も適切です。