ハーレック城の建設には、1283年から1290年までの約7年間を要しました。この時期は、イングランド王エドワード1世(在位1272年〜1307年)の治世にあたります。
エドワード1世とウェールズ征服
エドワード1世は、ウェールズを征服してイングランド王国に組み込むことを目的とし、一連のウェールズ遠征を展開しました。ハーレック城は、ウェールズの諸侯勢力を服属させ、この地域におけるイングランドの支配権を確立するための軍事戦略の一環として築かれた城のひとつです。
「鉄の輪」と呼ばれる城郭群
エドワード1世はウェールズ北西部に、カーナーヴォン城やコンウィ城などとともにハーレック城を含む要塞群を建設しました。これらの城々は、ウェールズを包囲する「鉄の輪(Iron Ring)」として知られています。
その後のハーレック城
ハーレック城は、海に面した岩山の上に立つ堅固な中世城塞として設計され、当時最先端の軍事建築技術が用いられました。現在では、エドワード1世のウェールズ城郭群の一部としてユネスコの世界遺産にも登録されており、中世の軍事建築を今に伝える貴重な史跡となっています。