結論から言えば、古代スパルタにも店や商店は存在していました。軍事国家として知られ、身体鍛錬と規律を何よりも重んじていたスパルタですが、商品の売買が行われる市場(アゴラ)は確かに機能していたのです。
スパルタの経済を支えた人々
スパルタ市民自身は主に農業によって生計を立てていましたが、実際の農耕や商業といった労働の多くは、ヘイロタイと呼ばれる隷属民が担っていました。市民は戦士としての訓練に専念できるよう、経済活動の大部分をヘイロタイに委ねていたのがスパルタ社会の大きな特徴です。
アゴラ(広場)の役割
アゴラはスパルタ市民や訪問者にとって中心的な集会所であり、日常の社交の場でもありました。ここでは以下のようなさまざまな品物が売買されていました。
- 食料品
- 陶器
- 織物
- 金属製品
個人の職人や商人がアゴラに屋台を構えて商売を行い、特定の商品を扱う専門店も一部存在していました。
富の蓄積を嫌った独特な価値観
ただし、古代スパルタには他のギリシャのポリスとは大きく異なる社会構造がありました。伝説的な立法者リュクルゴスの改革以来、スパルタでは贅沢や奢侈が厳しく戒められ、金銀貨の代わりに価値の低い鉄貨を使用することで、富の蓄積そのものを抑制していたとも伝えられています。
私財を積み上げることは、共同体の利益や戦士としての気概(スパルタの武徳)に反する行為とみなされ、質素で堅実な生活こそが美徳とされたのです。また、市民は共同食事制度(シッシティア)に参加することが義務づけられており、個人が大規模な商業活動に没頭する余地は限られていました。
まとめ:他のポリスと比べると控えめな商業
このように、古代スパルタにも店や商店、そして市場は確かに存在しました。しかし、盛んな海上貿易と商業で繁栄したアテナイやコリントスなどの都市国家と比べれば、スパルタにおける商業の役割はあくまで補完的で、控えめなものであったと言えます。「商売より武芸」という価値観が、スパルタ独自の経済の姿を形作っていたのです。