古代後期は、エジプト史において紀元前664年から紀元前332年まで続いた時代です。この約330年の間に、中東一帯を支配する強大な帝国――ペルシア帝国(アケメネス朝)――が台頭し、地中海東部から中央アジアに至る広大な領土を統治しました。
ペルシア帝国の広大な領土
提示された地図が示すように、ペルシア帝国は当時世界最大級の国家として、中東の大部分を覆う広大な領土を保有していました。具体的には、以下の地域が含まれます。
- ペルシア(現在のイラン)―― 帝国の中核となる地域
- エジプト―― 紀元前525年に征服され、第27王朝として統治された
- アナトリア(現在のトルコ)―― 小アジアの大部分
- 中央アジア―― 現在のアフガニスタンやトルクメニスタン周辺
歴史的背景
ペルシア帝国は紀元前550年頃、キュロス2世(キュロス大王)によって建国されました。その後継者カンビュセス2世は紀元前525年にエジプトを征服し、エジプト史上初となる外来政権による支配(第一次ペルシア支配期)が始まりました。ダレイオス1世の治世には帝国は最盛期を迎え、「王道」と呼ばれる道路網やサトラップ(属州)制度といった先進的な統治システムが整備されました。
しかし紀元前332年、マケドニアの若き王アレクサンドロス大王がエジプトに侵攻すると、古代後期は幕を閉じます。アレクサンドロスはペルシア帝国を滅ぼし、エジプトでは解放者として歓迎され、ここにヘレニズム時代への移行が始まりました。
まとめ
古代後期(紀元前664年〜前332年)は、エジプトがペルシア帝国の版図に組み込まれていた時代です。地図が示す通り、ペルシア帝国はイランを中心に、エジプト、アナトリア、中央アジアまで及ぶ空前の規模を誇り、古代世界の歴史における重要な転換点となりました。