サラミス海戦は、ギリシア本土とサラミス島との間に位置するサラミス海峡で行われました。この海峡はアテネの外港ピレウスのすぐ近くにあり、幅が狭く入り組んだ地形が特徴です。
戦いの日付は紀元前480年9月28日とされています。当時、クセルクセス1世率いるペルシアの大艦隊(約600〜1,200隻とも伝えられる)は、ギリシア本土への侵攻を進めていました。これに対し、アテネの政治家・軍人テミストクレスは、ギリシア連合艦隊(約300〜380隻)を率いてサラミス海峡での決戦を選択します。
テミストクレスは巧みな策略によってペルシア艦隊を狭い海峡へ誘い込みました。大型船を多く擁するペルシア側は、狭い水域では機動力を十分に発揮できず、小型で俊敏なギリシアの三段櫂船(トライレーム)に次々と撃破されていきます。
その結果、数で大きく劣っていたギリシア連合艦隊が決定的な勝利を収めました。この勝利によりペルシアの海上からの攻勢は挫かれ、サラミス海戦はギリシア・ペルシア戦争全体の流れを変える歴史的な転換点となったのです。