古代の歴史

ローマ帝国はいつ侵略されたのか?歴史を変えた8つの外敵の侵攻

紀元前27年に建国され、西ローマ帝国としては紀元後476年まで存続したローマ帝国は、千年以上にわたる長い歴史の中で、数多くの民族や文明による侵略と攻撃にさらされてきました。以下では、その代表的な事例を紹介します。

1. ガリア戦争(紀元前58年~紀元前51年)

これはローマが外へ攻め出した例ですが、ユリウス・カエサル率いるローマ軍団は、現在のフランスにあたるガリア地方の諸部族との戦争に勝利し、この地域を征服してローマの版図を大きく広げました。

2. ゲルマン民族の移動と侵入(2世紀~5世紀)

西ゴート族、東ゴート族、ヴァンダル族、フランク族といったゲルマン系諸部族が、2世紀以降、ローマ帝国への侵入と攻撃を繰り返しました。この絶え間ない圧力は、西ローマ帝国滅亡の最大の要因の一つとなりました。

3. パルティア戦争(紀元前1世紀~3世紀)

現在のイランを中心としたパルティア(アルサケス朝ペルシア)は、中東およびアルメニアの覇権をめぐってローマと長年にわたり衝突しました。係争地域の支配権は両国の間で何度も揺れ動くこととなりました。

4. サーサーン朝ペルシアとの戦争(3世紀~7世紀)

パルティアに取って代わったサーサーン朝ペルシアもまた、ローマ帝国との抗争を継続しました。サーサーン朝はローマ領を次々と占領し、7世紀にはエルサレムを一時的に攻略するほどの勢力を見せつけました。

5. ゴート戦争(535年~554年)

イタリアの東ゴート王国に対し、西方領土の回復を目指す東ローマ(ビザンツ)帝国が挑んだのがゴート戦争です。幾多の会戦と包囲戦を経て、最終的に東ローマ帝国はイタリアの再征服に成功しました。

6. アラブ勢力の急速な拡大(7世紀)

7世紀になると、ムスリム(イスラム教徒)のアラブ軍が急速な拡大を開始し、東ローマ帝国の支配下にあった中東の広範な地域、北アフリカ、さらにはイベリア半島の一部をも征服していきました。

7. ヴァイキングの襲撃(8世紀~11世紀)

スカンディナビアからやってきたヴァイキングたちは、ヨーロッパ各地で襲撃と侵略を繰り返し、ブリテン島やフランスなど沿岸の集落を略奪しました。彼らは9世紀には地中海方面にも進出し、イタリア半島にも脅威をもたらしました。

8. ノルマン・コンクエスト(1066年)

1066年のノルマン人によるイングランド侵攻は、直接ローマ帝国を標的としたものではありませんでしたが、アングロ・サクソン人の支配に終止符を打ち、かつてローマの支配下にあったブリテン島に大きな政治的・文化的変革をもたらしました。

以上が、ローマ帝国がその存続期間中に直面した数多くの侵略と攻撃のごく一部です。外部からの絶え間ない圧力が積み重なり、西ローマ帝国は476年に崩壊しました。一方、東ローマ(ビザンツ)帝国はその後も約1000年間存続を続けたのです。