考古学的発見

シルクロードに眠る失われた都市ダンダン・ウィリク――タクラマカン砂漠が隠した千年の遺跡

1896年1月14日、スウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンは、中国最西部のタクラマカン砂漠に位置する古代シルクロードの都市ホータン(ヨータン)を出発した。同行したのは隊員4名とラクダ3頭、ロバ2頭。50日分の食糧を積んだ一行は、白玉河(現在のユルンカシュ川)に沿って進んだ。この川の名は、水が運ぶ膨大な沖積ヒスイにちなんだものである。

シルクロードに眠る失われた都市ダンダン・ウィリク――タクラマカン砂漠が隠した千年の遺跡

砂漠のただ中で出会った遺跡

出発から5日後、一行は川沿いの進路を断念して砂漠へ踏み込み、高さ15メートルを超える砂丘の間を東へと進んだ。そして1月24日、砂漠の真っ只中で、ある遺跡に行き当たったのである。

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ヘディンは瞬時に、これがこれまで見たどの遺跡とも異なる特別なものだと悟った。

シルクロードに眠る失われた都市ダンダン・ウィリク――タクラマカン砂漠が隠した千年の遺跡

圧倒的な発見の規模

目を引いたのはその規模の壮大さだ。数百軒にも及ぶ木造住居、壁画と数多くの彫刻を備えた仏教寺院、そして解読不能な文字が記された紙片が、あたり一面に散らばっていたのである。

シルクロードに眠る失われた都市ダンダン・ウィリク――タクラマカン砂漠が隠した千年の遺跡

そここそ、1000年以上ものあいだ砂に埋もれ続けてきた都市――ダンダン・ウィリクだった。ヘディンと仲間たちは遺跡を掘り起こそうとしたが、掘ったそばから砂が流れ込んで埋め戻されてしまうため、その作業がいかに困難かを痛感することとなった。

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「神に呪われた都市」の姿

都市全体の配置を復元することはできなかったものの、ヘディンは庭園の痕跡、かつての大通りを示すポプラ並木、さらにはアンズや梅の古木の残骸を発見した。そして彼はこう結論づけた。神に呪われたこの都市、砂漠における第二のソドムの壁は、太古の昔、クリヤ川という力強い水流によって洗われていたのだと。

シルクロードに眠る失われた都市ダンダン・ウィリク――タクラマカン砂漠が隠した千年の遺跡

この都市は紀元6世紀頃からシルクロード南道沿いで栄え、8世紀末頃に放棄されたとみられている。その衰退の背景には、河川の流路変更や砂漠化の進行が関わっていた可能性が指摘されている。

オーレル・スタインによる本格的調査

ヘディンによる再発見から4年後の1900年12月、著名な考古学者オーレル・スタインがホータンを訪れていた。そこで一人の宝探し人が、ダンダン・ウィリクから持ち帰ったという壁画の断片、漆喰レリーフ、紙の文書を見せたのだ。これに刺激されたスタインは約30人からなる調査隊を編成し、現地へ赴いて発掘を開始した。

スタインの調査では、住居跡、仏教祠堂、彫刻、壁画、紙に書かれた仏典、木簡などが次々と出土した。

90年の空白と2002年の再発見

その後も何人かの考古学者や地理学者が当地を訪れたが、スタインの調査以降、遺跡は約90年にわたってほぼ手つかずのまま放置されていた。ようやく新疆文物考古研究所が調査を引き継ぎ、2002年には壁画を伴う新たな仏教寺院が発見され、再び脚光を浴びることとなった。

シルクロードに眠る失われた都市ダンダン・ウィリク――タクラマカン砂漠が隠した千年の遺跡

しかしながら今日でも、遺跡の大部分は未発掘のままである。インターネット上に現地の写真はほとんど存在せず、遺跡は今もなお砂に半ば埋もれたまま眠っている。そしてダンダン・ウィリクへの立ち入りは、厳しく禁止されているのである。