考古学的発見

タイ・ラーチャブリーのカオ・ングー(蛇山)洞窟遺跡 ― ドヴァーラヴァティ期からアユタヤ期への仏教美術

概要

この洞窟遺跡は、タイ王国ラーチャブリー県に位置する石灰岩の山「蛇山(カオ・ングー)」に営まれたもので、歴史時代における重要な宗教遺跡・洞窟美術遺跡として知られています。洞内の壁面には、ドヴァーラヴァティ期からアユタヤ期に至る仏像の浮彫りが残されており、タイ中部仏教美術の変遷をたどるうえで貴重な資料となっています。

地形と立地環境

遺跡は蛇山(カオ・ングー)と呼ばれる石灰岩山地に開かれた洞窟(岩陰)です。「カオ・ラート・クルアイ」と称される一帯にあり、隠者洞(ルーシーの洞窟)から西へ約470メートルの位置にあります。洞窟は地表から約60メートルの高さにあり、洞口は幅約15メートル、高さ約20メートルに及び、南西方向へ開いています。

現在の保存状況

かつて洞内の床面はレンガで敷き詰められていましたが、現在では全域にわたって発掘調査が実施され、床は瓦礫に覆われています。また、山麓から洞口までセメント製の階段が整備され、洞窟前部にもセメント床が打設されるなど、参拝路としての改変が進んでいます。

標高と周辺水系

標高は平均海面から約41メートルです。周辺の水路としては、メークローン川が蛇山の東約4キロメートルを流れ、ノンヤイ運河(クローン・ノンヤイ)は北東約3.3キロメートル、東約1.1キロメートルの距離にあります。

地質条件

地質の詳細については、「蛇山(カオ・ングー)」の項目を参照してください。

編年と文化的背景

  • 考古学的時代: 歴史時代
  • 時代・文化: ドヴァーラヴァティ期、アユタヤ期
  • 年代: 仏暦12〜16世紀(紀元後6〜11世紀頃)、仏暦22〜23世紀(紀元後16〜18世紀頃)
  • 遺跡の種別: 宗教関連遺跡、洞窟美術遺跡

考古学的意義 ― 壁面の仏像彫刻

洞窟の東側壁面には、低浮彫り(バスリリーフ)による仏像彫刻が確認されています。第一の仏像はドヴァーラヴァティ期の様式を示し、結跏趺坐(けっかふざ)して説法の印を結ぶ姿が表現されています。第二の仏像は輪郭の一部しか残っていないものの、外観は第一の仏像と類似しており、当初はドヴァーラヴァティ期(仏暦12〜14世紀)に造られたものと推定されます。ただし、後にアユタヤ期(仏暦22〜23世紀)に漆喰で覆われる形で改変を受けました。

さらに、アユタヤ期に属する砂岩製の仏像も数多く見つかっており、赤色の彩色や装飾の痕跡が多く認められます。

ジャン・ボワスリエの見解

フランスの東洋美術史家ジャン・ボワスリエ(Jean Boisselier)は、左側壁面(東側)には本来、大型の坐仏像が彫刻されていたと指摘しています。その後、アユタヤ期に新たな彫刻と漆喰塑像が施され、結跏趺坐する坐仏像へと改変されたといいます。この仏像の背後には、右手を上げて説法する結跏趺坐の仏像が配置されており、こちらもアユタヤ期に追加の装飾が加えられています(ベンジャマス・シリレックら研究チーム、仏暦2533年〔西暦1990年〕、12頁)。

まとめ

本洞窟は、ドヴァーラヴァティ期の原型を保ちながら、アユタヤ期の改修と再装飾が重ねられた稀有な事例であり、タイ中部における仏教信仰と美術表現の継続性を示す重要な遺跡です。