バーン・ブア・シンマ遺跡の概要
バーン・ブア・シンマ(Ban Bua Simma)は、タイ東北部に位置する古代集落遺跡です。ドヴァラヴァティ期以降、人々が継続的に定住してきた痕跡が確認されており、現在も家屋が立ち並ぶ生活集落となっています。集落内には、ワット・サー・パン境内のセーマー石(仏教寺院の聖域を示す境界石)や「クー・バン」と呼ばれる遺構など、歴史時代を物語る貴重な考古学資料が残されています。
地形の特徴
バーン・ブア・シンマ周辺は、起伏に富んだなだらかな斜面が広がる地域です。一帯はラン・タパック川流域につながり、大小の塚(ドン)が点在しています。バーン・ブア・シンマ自体もそうした塚の一つで、低い塚ながら、周囲の農耕地よりも約5メートル高い位置にあります。
周辺には比較的大きな塚がいくつか存在し、具体的にはノン・ノク・チェン、ドン・プータ、ドン・タン、そして北側にあるワット・サー・パン参道沿いの塚などが挙げられます。
現在の状況と主要な遺構
現在のバーン・ブア・シンマは人々が暮らす集落であり、家屋が密集して建ち並んでいます。集落内で特に重要な考古学資料は、ワット・サー・パン境内に残るセーマー石と、クー・バンと呼ばれる遺構です。
海抜と水系
遺跡の標高は海抜215メートルです。付近を流れる水系としては、ナム・チュアン川とフアイ・ナム・ライが知られています。特にフアイ・ナム・ライは集落の南側を流れ、南へ約900メートル進んだ先でチョン川へと注ぎ込みます。
土壌と地質条件
遺跡内の土壌はポーンピーサイ系列に分類され、周辺地域はピマイ系列の土壌が広がっています。地形学的には、プークラドゥン岩層に属する砂岩から構成される地域です。
地質を詳しく見ると、最下部は赤色・赤褐色・赤灰色の砂岩で、雲母を多く含み、場所によっては薄い石灰岩の層が挟まっています。中部は赤褐色から紫色の砂岩と泥岩からなり、クリンカー(焼結岩)の層が認められます。岩層の多くは厚い堆積物に覆われており、露頭が確認できる場所は限られています。雲母質砂岩や礫が含まれ、一定の間隔で地層が交代するのが特徴です。
上部は、石灰質を含む赤灰色〜灰緑色の粉砂質砂岩・砂岩・泥岩・礫岩が互層をなしています。最上部の露頭は赤褐色の砂岩崖で、ところどころに粉砂質砂岩の互層が見られます。砂岩層の厚さは30cmから1m以上に達し、岩層全体としては比較的侵食されやすい性質を持っています。
これらの堆積物は、約1億8,000万年前〜1億4,500万年前(ジュラ紀)の半乾燥気候のもとで、溝状地形に沿って流れる勢いのある河川によって運ばれ、河川域の両岸や沼沢地に堆積して形成されたものと考えられています(タイ王国鉱物資源局 2009: 17-18)。
考古学的時代と文化
バーン・ブア・シンマは歴史時代の遺跡に分類され、文化的年代はドヴァラヴァティ期に位置づけられます。遺跡の種類は集落遺跡および宗教関連遺跡です。
考古学的意義
バーン・ブア・シンマは古くから人が定住してきた古代集落であり、ドヴァラヴァティ期以降の人類の居住の証拠が確認されています。現在も集落として機能しているため、遺跡と人々の暮らしが重なり合う貴重な事例といえます。
タイ芸術局(文化財庁)が過去に行った調査によれば、バーン・ブア・シンマ周辺は「バーン・ブア・シンマ」「ドン・プータ」「ドン・タン」「ノン・ノク・チェン」の4つのエリアに区分できます。当時の調査では、遺構と遺物の双方が確認され、特に多数のセーマー石の群れが見つかったことから、この古代集落が相当程度発展していたと推定されています。
各地点からの出土品
ドン・プータ:土器片、屋根瓦、建造物を飾っていた漆喰の破片、石材片、セーマー石、そして砂岩製の主な欄干3基が出土しました。
ノン・ノク・チェン:ドン・プータの近くに位置し、欄干4基と少量の土器片が見つかりました。
ドン・タン:少量の土器片が確認されました。一方、ワット・サー・パンの入り口付近からは、集中的に分布する土器群、素焼きの煙管、砕石片に加え、形状のはっきりしないセーマー石の群れが出土しました。そのうち一部には文様が刻まれており、確認された総数は12点に上ります。
出土土器の特徴
遺跡からは土器片をはじめ多くの遺物が出土しています。その大部分は粗粒の胎土を用いた土器で、低温で焼き締められたものです。加えて、硬質土器や磁器の破片も確認されており、この地で長期間にわたって営まれた人々の生活と営みを今に伝えています。