考古学的発見

ワット・タート・ムアン・ピン ― 歴史が息づくノーンブアランプーの仏教遺跡

ワット・タート・ムアン・ピンとは

ワット・タート・ムアン・ピン(Wat That Muang Phin)は、タイ東北部イサーン地方、ノーンブアランプー県ナークラン郡に位置する仏教寺院です。境内には「プラ・タート・ムアン・ピン」と呼ばれる古い仏塔が残り、発掘調査と修復が実施されてきました。寺院はラームパニアン川の支流であるフアイ・アヒン川のほとりに立地しています。

地形と立地環境

周辺の地形は平坦で、一帯は集落地および農業地帯として利用されています。寺院の南側にはフアイ・アヒン川が流れ、この川は北へ約3キロメートル進んだ地点でラームパニアン川に合流します。

標高

海抜242メートル。

地質

当地域の地質は、コーラート層群のナームポーン岩層に属する砂岩から成ります。

考古学的時代

歴史時代。

時代・文化

ドヴァーラヴァティ期、アユタヤ期、ランサーン期。

遺跡の種類

宗教施設(寺院跡)。

考古学的重要性

先史時代から続く人の営み

ノーンブアランプー県は先史時代以来、人類が暮らしてきた土地です。クット・クワンソーイ遺跡やクット・コーモーイ遺跡などから出土した資料が、その長い歴史を物語っています。

ドヴァーラヴァティ期の遺物

仏暦1100年~1500年頃(およそ西暦6世紀~10世紀)にあたるドヴァーラヴァティ期の遺物が県内各所で発見されています。代表例としては、ナークラン郡ワット・プラ・タート・ムアン・ピン出土のバーイ・セーマー(寺院境界を示す石板)、スワンカーハー郡ワット・パー・ノーンカム・ウィウェックの砂岩製セーマー石などが挙げられます。

クメール文化の影響

ドヴァーラヴァティ期末期にあたる仏暦1500年~1700年頃には、クメール文化の影響がこの地域へ順次及びました。この時期の遺構・遺物として、ナークラン郡プラ・タート・ムアン・ピンのラテライト製ヴィハーン基壇や石碑、スワンカーハー郡ワット・パー・ノーンカム・ウィウェックのクメール語碑文などが確認されています。

こうした状況から、ドヴァーラヴァティ文化期およびクメール文化期におけるノーンブアランプー県内の古代共同体は、都市的な性格を持たず、小規模な集落が広範囲に分散する形態をとっていたと考えられています。クメール文化の衰退後、東北部地域は一時的に外部文化の影響から離れますが、ほどなくしてランサーン文化(タイ・ラーオ文化)が新たな影響源として広がっていきました。

遺構の現状

プラ・タート・ムアン・ピンはレンガ造りの建造物ですが、原型は大きく破損しており、特に基壇部の損傷が激しいため、当初の形状は定かではありません。仏堂(ウボーソット、現地では「シム」と呼ばれます)は基壇のみが残存し、ラテライトとレンガによる9×12メートルの長方形平面をしています。前面には砂岩製の碑文1基が埋め込まれ(ナンターラーム碑文)、側面(北側)にも小型のセーマー石が据えられています。

ナンターラーム碑文

ナンターラーム碑文の銘文には、パヤー・アリン・サームムーンが「アナンターラーム」と称するヴィハーンを建立した旨が記され、その紀年は小暦1014年=仏暦2195年(西暦1652年頃)とされています。この年代は、ランサーン王国スリヤウォンサー・タンマティラート王の治世、ならびにアユタヤ王朝ナーラーイ大王の時代と符合する、貴重な建設史資料です。

建立伝承

ワット・ノンタワーラーム(ワット・プラ・タート・ムアン・ピン)の建立伝承によれば、本寺院はパヤー・ワーリン・サームムーンによって創建されました。石碑に刻まれた記録には、「小暦1014年、陰暦4月の下弦5日、金曜日の午前9時にあたる吉日に、パヤー・ワーリン・サームムーンが涅槃を希求して、この『ノンタワーラーム』と名付けたヴィハーンを建立した」とあります。すなわち、この寺(おそらくプラ・タートも含む)を造ったのはパヤー・ワーリン・サームムーンであり、建立は陰暦4月の下弦5日、金曜日の午前9時にあたる吉日に行われ、涅槃への願いが込められていました。

主要な考古学的遺物

古代のセーマー石 ― 仏塔の傍らに位置し、基壇のみがラテライトとレンガで造られた東向きの長方形プランです。前面には、ターム・イサーン文字(イサーン独自のドゥアム文字)で小暦1014年(仏暦2195年)を示す砂岩製碑文が据えられています。

プラ・タート(仏塔) ― 1977年(仏暦2520年)に改修が行われました。原型が崩落していたため、修復に際しては細長く伸びた直線的な塔の形式へと復元され、結果として当初の姿とは異なる外観となりました。一方、礼拝堂は当時の状態のまま保存され、石碑も元の位置に据えられたままです。

近代以降の歩み

2008年(仏暦2551年)、ワット・タート・ムアン・ピンはプラ・タートの所在地において、マハーニカーイ派に属する一般寺院として正式に認められました。

2010年度(仏暦2553年度)には、文化庁第9事務所(コンケーン)がプラ・タート・ムアン・ピンの修復および景観整備事業を実施し、完成させました。

執筆:パウィニー・ラッタナシーリースック