考古学的発見

「ネブラの天球盤」は思われていたより1000年若い?――世界最古の星空図をめぐる論争

1999年にドイツで発見された「ネブラの天球盤(Nebra Sky Disc)」は、これまで世界最古の天空の描写とされ、約3600年前の青銅器時代の遺物と考えられてきた。ところが、ミュンヘンとフランクフルトの考古学者2人による新たな研究がこの通説に真っ向から挑んだ。彼らによれば、天球盤の実際の年代は紀元前1千年紀、すなわち鉄器時代のもので、従来の想定より1000年ほど新しいというのだ。

「ネブラの天球盤」は思われていたより1000年若い?――世界最古の星空図をめぐる論争

青銅と金で作られたネブラの天球盤には、星座を表す装飾がちりばめられている。世界最古の天空表現とされてきた逸品である。

「これは先史時代の空における雷鳴だ!」――国立予防考古学研究所(Inrap)のドミニク・ガルシア所長の言葉は、決して大げさではなかった。ドイツの考古学者2人が、2013年からユネスコ「世界の記憶」記録遺産にも登録されているネブラの天球盤について、学術誌『Archäologische Informationen』に新たな研究成果を発表したのである。

【追記】2020年11月、この有名な天球盤の年代をめぐる論争に新たな展開が訪れた。最新の科学論文が、天球盤を1000年若くする見解を一つひとつ反駁したのである。その著者たちにとって疑いの余地はなく、この考古学的至宝こそが世界最古の天空表現であることに変わりはないという。

これまでハレ(ドイツ)の博物館に収蔵されてきたこの金属製の円盤は、青銅器時代初期、つまり世界最古のコスモス描写(紀元前2200~1600年頃)とされてきた。しかし、ミュンヘン州立考古学コレクション館長でミュンヘン大学先史考古学教授のルパート・ゲプハルトと、フランクフルト・ゲーテ大学先史学教授のリューディガー・クラウゼが、発見時の状況に関するさまざまなデータを再分析したところ、結論は大きく揺さぶられた。天球盤はむしろ鉄器時代、すなわち約1000年後(紀元前800~50年頃)のものだというのである。両氏のプレスリリースによれば、これは「それまでの天文学的解釈すべてを無効にする」結果だという。

「ネブラの天球盤」は思われていたより1000年若い?――世界最古の星空図をめぐる論争

星座がちりばめられたネブラの天球盤。提供:LDA Sachsen-Anhalt(写真:Juraj Lipták)

天球盤とはどんな遺物か

ネブラの天球盤は、ヨーロッパで最も重要な考古学的発見の一つとされる。直径32cmのこの遺物は、1999年、ライプツィヒ北方のネブラ近郊(ドイツ東部)で出土した。片面には天空の動きを表す金の象嵌が施され、プレイアデス星団を含む32個の星、三日月、太陽(あるいは満月)、そして縁部には地平線や船を表す意匠が確認できる。

議論の焦点となるのは、違法発掘によるこの驚くべき発見状況である。ゲプハルトとクラウゼ両氏によれば、発見経緯の徹底的な分析の結果、「青銅器時代の剣、斧、腕輪〔天球盤とともに出土したとされる〕が共通の起源を持つ一組であることを裏付ける説得力のある証拠は存在しない」という結論に至ったという。要するに、天球盤と剣は同じ場所の出土品ではないとされるのだ。武器や腕輪が青銅器時代の埋納品としてまとめて納められていたのは事実でも、天球盤はミッテルベルクの丘にある別の、より新しい埋納場所から見つかったのだろうという。そうであれば、文化的・様式的に天球盤の意匠が青銅器時代の世界ではなく、紀元前1千年紀の鉄器時代のテーマを参照していることにも説明がつく。このため両氏は、天球盤に関するこれまでの歴史文化的結論や解釈は、すべて再検討されるべきだと主張している。

「ネブラの天球盤」は思われていたより1000年若い?――世界最古の星空図をめぐる論争

修復作業前のネブラの天球盤。提供:写真:Hildegard Burri-Bayer

専門家たちの反論

発見当初からこの遺物の研究に携わってきたハレの考古学者ハラルド・メラーは、こうした主張にただちに反応した。「ネブラの天球盤は長年、幅広い分野の多くの科学者によって集中的に研究されてきました。年代に疑問を呈する著者たちは、天球盤に関する文献を選択的にしか検討していません。彼らの論文の矛盾点をここですべて指摘することは不可能です」

メラー氏はさらに、2008年と2010年に著名なオーストリアの考古冶金学者エルンスト・ペルニッカらが実施した分析を思い起こさせる。その分析では、剣も天球盤も含め、埋納品のすべての銅が同一の鉱床に由来することが示された。加えて「ケルト系銅合金(より新しい鉄器時代のもの)の分析結果はまったく異なる組成を示し、ネブラの天球盤の合金とは一致しない」という。

一方、パリ第1大学(パンテオン・ソルボンヌ)名誉教授の先史学者パトリス・ブリュンは、ゲプハルトとクラウゼの論文は、天球盤の真の由来について正当な疑問を提起しており、軽くあしらえるものではないと評価する。この論争は、まだまだ多くの議論を呼びそうだ。

波乱に満ちた発見の経緯

そもそも天球盤は、1999年の夏、金属探知機を持った2人の盗掘者によって、ドイツ・ザクセン=アンハルト州のミッテルベルク山で掘り出された。当時は剣、腕輪、その他の金属製品とともに重ねられた状態で出土したとされる(現在この点は争われている)。略奪品の価値をほとんど理解していなかった2人は、すぐに売却を画策。2001年春には、ミュンヘンとベルリンの博物館の館長たちに対し、50万ユーロでの売り込みをかけたのである。

「ネブラの天球盤」は思われていたより1000年若い?――世界最古の星空図をめぐる論争

2002年1月頃、当局が押収した青銅器時代の剣、斧、腕輪。ネブラの天球盤とともに出土したとされる。提供:Hildegard Burri-Bayer

しかし、貴重な遺物の出所を不審に思う専門家たちの反応に怯えた盗掘者たちは、まもなく姿を消してしまう。だが、ベルリンの博物館館長が持ち込まれた品々の写真を保管していたことが幸いし、ハレ博物館館長のハラルド・メラーは略奪品の行方を追う捜査を開始。数か月に及ぶ調査の末、潜在的な買い手を装うことで足取りをつかんだ。メラー氏の通報を受けた警察は、スイス・バーゼルのレストランで待ち伏せし、取引の現行犯で盗掘者たちを逮捕した。その後、盗掘者たちは考古学者たちを発掘現場へと案内した。

天球盤に残る堆積物と、マラカイト(炭酸銅)の腐食を分析した結果、ブランデンブルク州の法科学チームは、天球盤と埋納品の地理的由来が確かに同一であることを立証した。さらに、2本の剣のうち1本の柄から発見された白樺の破片に対して実施された放射性炭素年代測定では、この一式が少なくとも3600年前のもの、おそらく奉納品として埋納されたものであることが明らかになったのである。