エルサレムで、約2700年前の陶器に刻まれた100点を超える印章が今週公開されました。考古学者によると、この発見は古代イスラエルのユダ王国、とりわけ税徴収の組織体制について新たな知見をもたらすものだといいます。

2020年7月22日に撮影された写真。エルサレムで出土した、ヘブライ語の印章が押された約2700年前の陶器片
エルサレム旧市街から数キロメートル離れた場所で、イスラエル古物局(IAA)は、基礎部分が今も確認できる複合施設の地下遺構を発見しました。
「王に属する」印が押された壺120点以上
米国大使館近くにあるこの遺跡からは、ヘブライ語で「王に属すること」を示す印章が押された、120点を超える陶製の壺の取っ手が見つかりました。これらは紀元前940年に成立し、紀元前586年にバビロニア王ネブカドネザルによるエルサレム陥落とともに滅亡したユダ王国の時代のものです。
イスラエル古物局のネリア・サピル氏によれば、これらの壺にはオリーブ油やワインが収められており、ユダ王に代わって民衆から税として徴収されたものとみられるといいます。同氏は、今回の印章の発見をイスラエル国内で最大級のものの一つと高く評価しています。
当時の「公的国庫」が置かれた場所か
発見された遺構の規模、エルサレム旧市街への近さ、そして出土した陶器の数といった要素から、考古学者たちはこの地が当時の「公的国庫」の所在地であったと結論づけています。
徴収された容器は、その一部がユダ王国が従属していたアッシリア帝国の支配者たちに引き渡されたと考えられます。また、残りは紀元前701年頃に失敗に終わった帝国への反乱に備えて、ユダ王国の住民たちによって蓄えられていた可能性もあります。
さらに、これらの陶製の壺からは、おそらく旧王国の要人――役人や富裕層など――を指すとみられる別の印章も確認されています。発掘を担当する考古学者たちは、こうした一連の証拠が、この場所が数千年前のエルサレムにおける重要な中枢拠点であったことを物語っていると指摘します。
しかし、いまだ謎に包まれた点が一つ残されています。それは、首都やオリーブ畑・ブドウ畑の近くという恵まれた立地でありながら、なぜ税徴収の拠点として、あえて険しく岩だらけの土地が選ばれたのか、という疑問です。「これは本当に謎です」とサピル氏は語り、発掘調査の進展とともにその答えが見つかることを期待しています。