イングランド東部ケンブリッジシャー州フェンスタントンの考古学遺跡で、2世紀後半の男性の骨格が発掘された。右のかかとの骨(踵骨)には鉄の釘が打ち込まれたまま残っており、この人物はローマ帝国で行われていた極刑「十字架刑」の犠牲者である可能性が高い。北ヨーロッパで確認された初めての十字架刑の事例として、大きな注目を集めている。

フェンスタントンの「磔刑者」のかかと
きわめて稀な発見である。約1900年前の骨格で、かかとの骨に釘が打ち込まれた状態で出土したのは、フェンスタントン遺跡で発掘調査が進められている5つのローマ時代集落墓地の一つだった。死亡時の年齢は25歳から35歳と推定されており、ローマ帝国で適用された十字架刑による死刑執行の被害者だったと考えられている。
当初は見過ごされていた釘
この骨格は2017年に発見されたが、当時は釘の存在に気づかれていなかった。泥に覆われたかかとの両側にほんのわずかに突き出しているだけだったためだ。その後、ケンブリッジ大学の考古学者コリンヌ・デュイグ(Corinne Duhig)氏が現場外で実施した詳細な分析によって、ようやくこの異物が確認された。
「『フェンスタントンの男』と呼ばれるこの人物は、右のかかとの骨である踵骨に鉄の釘が打ち込まれていた」と、発見者らは考古学雑誌『British Archaeology』に掲載した論文の中で説明している。著者らは、これが北ヨーロッパで知られる唯一の十字架刑の事例であることを強調している。これまで確定していた事例は、イタリアとイスラエルで報告されたもののみだった。

イングランド・ケンブリッジシャー州フェンスタントン遺跡の空撮。提供:British Archaeology Magazine
下肢の感染症と炎症の痕跡
放射性炭素年代測定により、「フェンスタントンの男」の骨の年代は西暦130年から360年の間と特定された。また、遺体には生前の外傷の痕跡、特に下肢の感染症や炎症の兆候が認められた。これは、被害者の手足が縄や鎖で長期間拘束されていたことを示唆している。「この証拠から、彼は奴隷あるいは囚人だった可能性がある」と、発表資料は述べている。十字架刑はローマ世界では比較的一般的な刑罰だったが、この刑罰の骨学的な痕跡が残る例は極めて少ない。
まさに拷問だった処刑法
この非常に苦痛を伴う緩慢な処刑では、まず受刑者の手首や前腕に釘が打ち込まれ、木製の十字架の横木(パティブルム)に固定された。さらに足にも、両足を揃えるか別々にするかして釘が打たれた。釘はかかとの骨(踵骨)に打ち込まれるか、足の中程にある中足骨を貫通する形で打たれた。その後、十字架は道端や高台に立てられ、通行人の誰の目にも触れる場所で晒された。磔にされた人は、その姿勢ゆえに次第に呼吸ができなくなり、極限の苦痛の中で衰弱し、窒息死へと至っていったという。
この悪名高い極刑は、紀元前3世紀以降の古代ローマで頻繁に用いられ、337年に皇帝コンスタンティヌス1世(272年~337年)がこの「最高刑罰(summum supplicium)」の禁止を布告するまで、約600年にわたって実施され続けた。