考古学的発見

エステヴァニコ・ドランテスはなぜ探検家になったのか?奴隷として生き延びた男の実像

エステヴァニコ・ドランテスが自らの意志で探検家を志したという証拠は、歴史上どこにも残されていません。むしろ彼は、過酷な運命に翻弄されながらも生き延び、結果的に「探検家」として語られることになった人物なのです。

ベルベル人出身の奴隷として

ドランテスは北アフリカのベルベル人(アマジグ人)出身でした。彼はスペイン人によって奴隷とされ、後にキリスト教徒として洗礼を受けたと伝えられています。当時のスペインでは、奴隷身分のまま遠征に同行させられることは決して珍しいことではありませんでした。

ナルバエス探検隊への参加

1527年、ドランテスはパンフィロ・デ・ナルバエス率いるスペインの探検隊の一員として、北アメリカのメキシコ湾岸探索のためにスペインを出発しました。しかし、この遠征は嵐、難破、飢餓、先住民との衝突などが重なり、壊滅的な結末を迎えます。

8年に及ぶ放浪の旅

ドランテスは奇跡的に生き延びた、ごく少数の生存者の一人となりました。その後およそ8年間、現在のアメリカ南西部にあたる北米大陸の内陸部を放浪し、各地の先住民との交流を通じて言語や土地の知識を身につけながら生き抜きました。そして1536年、ついにメキシコシティへたどり着いたのです。

その後の人生と最期

メキシコ到達後、ドランテスは豊富な経験と優れた語学力が評価され、1539年にはフライ・マルコス・デ・ニサ率いる探検隊の案内役として再び北へ向かいました。しかし、その旅の途中で命を落としたとされています。

ドランテスの物語は、自ら選んだ道ではなく、与えられた過酷な状況の中で類まれな適応力と生存力を発揮した、一人の人間の強靭さを今に伝える歴史です。