第三身分とは?フランス革命前の社会構成
18世紀末のフランスでは、身分制度によって社会が三つの「身分」に分けられていました。第一身分は聖職者、第二身分は貴族であり、そしてそれ以外のすべての人々が第三身分と呼ばれていました。
第三身分を構成していた人々
第三身分は、聖職者でも貴族でもない一般庶民の総称です。具体的には、次のような人々が含まれていました。
- 農民:人口の大部分を占め、土地を耕しながら重い年貢や賦課金を負担していました。
- 職人・労働者:都市で手工業や建設業などに従事し、日々の賃金で生活していました。
- 都市貧民:定職を持たず、パリなどの都市部で貧しい暮らしを送っていました。
- ブルジョワジー(市民階級):商人や弁護士、医師など。経済力を持つ者も多くいましたが、法的には第三身分に属しました。
人口の約97%を占めながら、政治的権利はほとんどなし
第三身分はフランス総人口の約97%を占める圧倒的多数派でした。しかし、政治的な発言力や社会的地位はきわめて低く、国政の意思決定は第一身分と第二身分が主導していました。三部会が召集された際も、身分ごとの採決では第三身分の意見は全体で1票としてしか扱われないという不合理がありました。
重い税負担と封建的義務
特権身分である聖職者と貴族は多くの税を免除されていた一方、第三身分だけが土地税(タイヤ)、人頭税、塩税(ガベル)などの重い税を支払わなければなりませんでした。さらに、領主への貢納や使用料の支払い、無償の労働提供といった封建的な義務も課され、人々の生活は深刻に圧迫されていました。
蓄積された不満がフランス革命へ
こうした不公平な負担と差別への怒りは、第三身分の間に広範な不満を蓄積させていきました。「人は生まれながらにして自由かつ平等である」という啓蒙思想の影響も受け、その不満は1789年のバスティーユ牢獄襲撃に代表されるフランス革命へと発展します。第三身分の人々の苦難と抵抗こそが、革命を動かす最大の原動力となったのです。