
ジャンヌ・ダルクの戦友から、中世最悪の殺人者へ
王国元帥ベルトラン・デュ・ゲクランの大甥にあたるジル・ド・レ(本名:ジル・ド・モンモランシー=ラヴァル)は、ジャンヌ・ダルクと共に戦った武将の中でも、最も不可解かつ恐ろしい人物として歴史に名を刻んでいます。
1429年のパテーの戦いにおける圧勝により、彼は元帥の称号を手にしました。しかし、パリ攻略が失敗に終わると、ジル・ド・レは前線から退き、自らの広大な所領へと隠棲します。そしてそこで、彼の人生は暗黒へと転落していくのです。
8年間で140人の子供が犠牲に
ジル・ド・レは、約8年にわたって140人もの子供を誘拐し、凌辱と拷問を加えた末に殺害した罪に問われました。特に悪魔崇拝の儀式の一環として行われたとされるこれらの犯罪は、当時のフランス社会に強烈な衝撃を与えました。
起訴された罪名は「鶏姦(ソドミー)、魔術、殺人」。いずれも中世において最も重いとされた罪でした。
処刑と、後世への影響
1440年、ジル・ド・レは二人の従僕とともに絞首刑に処され、その後遺体は焼却されました。晩年には錬金術へ深く傾倒していた彼は、黄金を追い求めるあまり悪魔との契約に手を染めたという伝説とともに語り継がれ、中世の最も暗い側面を体現する存在となっています。
その凄惨な生涯は文学にも多大な影響を与えました。シャルル・ペローの童話「青ひげ」や、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」のキャラクター造形には、ジル・ド・レの姿が投影されていると言われています。英雄と怪物の二面性を持つこの貴族の伝説は、今なお数々の逸話とともに人々の想像力を掻き立ててやみません。