
クローヴィス1世の長子として生まれる
テウデリク1世(Thierry Ier / Theuderic I)は、フランク王国を統一したメロヴィング朝の王クローヴィス1世と、ラインラント地方の王女(リプアリア・フランク族出身)との間に生まれた長男です。486年頃に誕生したとされ、幼い頃から武人としての教育を受け、父王の遠征に同行するようになりました。
ヴイエの戦いと西ゴート戦
507年、テウデリクは父クローヴィス1世が西ゴート王国に対して仕掛けた遠征に参加しました。特に有名なのが「ヴイエの戦い」で、この戦いでフランク軍は西ゴート王アラリック2世を破り、アクィタニア地方を獲得することになります。若きテウデリクはこの勝利に貢献し、武将としての名声を高めました。
ランス王国の継承(511年)
511年、父クローヴィス1世が死去すると、その王国は伝統に従って息子たちの間で分割されました。テウデリクは首都ランスを中心とする北東部の領土を相続します。この地域は、東方のトゥーリンギアやブルグント、北方の勢力といった外敵に最もさらされた国境地帯であり、統治には高度な軍事的・外交的能力が求められました。テウデリクはこれらの脅威に巧みに対処し、王国の防衛と拡大に努めました。
死とアウストラシアへの道
テウデリク1世は533年から534年頃にかけて死去し、その王位は息子のテウデベルト1世が継承しました。彼が治めたこの王国は、後に「アウストラシア(Austrasie)」と呼ばれるようになり、メロヴィング朝フランク王国の東半分を担う重要な地域として発展していきます。