1941年12月7日(現地時間)、日本海軍機動部隊によるハワイ・真珠湾への奇襲攻撃により、米太平洋艦隊は壊滅的な打撃を受けました。この攻撃で約2,400人の米国人が命を落とし、多数の軍艦が損傷または沈没しました。中でも、USSアリゾナ、USSウェストバージニア、USSユタ、USSオクラホマの4隻は特に深刻な被害を受けた艦として知られています。
ここでは、これらの艦から奇跡的に生還したとされる乗組員たちの名前を、艦別にご紹介します。
USSアリゾナ号の生存者
戦艦アリゾナは攻撃開始早々に航空爆弾が弾薬庫に命中して大爆発を起こし、1,177名もの乗員が犠牲となりました。炎に包まれながら沈没した同艦から生き延びた乗組員はごくわずかで、以下の人々が知られています。
- アイザック・キャンベル(Isaac Campbell)
- クリントン・マッケラー(Clinton McKellar)
- ケン・ポッツ(Ken Potts)
- ドン・ストラットン(Don Stratton)
- ローレン・ブルーナー(Lauren Bruner)
- ジョー・タウシグ・ジュニア(Joe Taussig Jr.)
USSウェストバージニア号の生存者
戦艦ウェストバージニアは複数の魚雷と爆弾を受けて港内に着底しましたが、後に引き揚げられて修理され、再び戦線に復帰した健闘艦です。同艦の生存者には次のような名前があります。
- ジェームズ・ダウンズ(James Downes)
- ジェームズ・リチャード・ウォード(James Richard Ward)
- ウィリアム・ジョンストン(William Johnston)
USSユタ号の生存者
標的練習艦として使われていたユタは魚雷を受けて横転・沈没し、多くの乗員が艦と運命を共にしました。同艦の生存者としては、以下の名前が挙げられます。
- ジャック・ホルダー(Jack Holder)
- ジョセフ・ランデル(Joseph Langdell)
USSオクラホマ号の生存者
戦艦オクラホマは魚雷を多数受けて転覆し、429名が犠牲となりました。船内に閉じ込められた乗員の中には、船体を切断する音を頼りに数日後に救出された人もいました。同艦の生存者には次の方がいます。
- ポール・リード(Paul Reed)
生存者たちのその後
真珠湾攻撃の生存者は年々減り続けています。アリゾナの生存者では、ローレン・ブルーナー氏が2019年に98歳で、ドン・ストラットン氏が2020年に97歳で、ケン・ポッツ氏が2023年に102歳で亡くなりました。そして2024年4月には、アリゾナ最後の生存者とされていたルー・コンター氏が102歳で逝去し、一つの時代の幕が下ろされました。
なお、生存者の名簿は資料によって記載内容に差異がある場合があります。また、当時の記録や証言の研究が進むことで、新たな情報が確認されることもあります。