古代世界で最も壮麗とされた建造物たち。その姿を私たちが知るのは、主に古代・中世の文献や、貨幣に刻まれた図像によるところが大きい。現存しているのは、わずかに一つだけだ。
「古代の七不思議」——名前は誰もが知っているのに、いざ七つすべてを挙げろと言われると、意外とすぐには答えられない。それほどまでに、これらの建造物は歴史の中に深く根付いているのだ。
最古のリストは紀元前2世紀、シドンの詩人アンティパトロスによって作られたとされる。当時の教養ある者が訪れるべき場所をまとめたものであり、歴史家ディオドロスもこれに言及している。現在知られている形のリストは、古代の資料をもとにした中世の文献によって定着した。
ギザの大ピラミッド
七不思議の中で、今日まで姿を留めている唯一の建造物がここにある。エジプト第4王朝のファラオ、クフ王のために紀元前2560年頃、人工的に整地された土地の上に建設された。
完成当初の高さは約146.72メートル。しかし時とともに外装の化粧石と、頂部の「ピラミディオン」と呼ばれるキャップストーンが失われ、現在の高さは138.75メートルとなっている。
大ピラミッドは2.5トンから15トンにも及ぶ巨大な石塊で築かれた途方もない建造物であり、現代の私たちにさえ、当時どのような技術で建てられたのかという謎を投げかけ続けている。また内部に3つの埋葬室を持つことでも知られ、「知識の間」なる宝の部屋を探そうとする者も後を絶たなかった。

最も見応えのある要素の一つが「大回廊」だ。王の埋葬室へと続く通路の延長にあたり、磨き上げられた石灰岩の壁は高さ2.28メートルに達する。
バビロンの空中庭園
バビロニア王ネブカドネザル2世(在位 紀元前604〜562年)が、愛する妻アミュティスのために造らせたと伝えられる庭園。故郷の緑豊かな丘や谷を懐かしむ妻の心を癒すためだったといわれている。その名は、紀元前9世紀にバビロンを支配したと伝わる女王セミラミスの伝説にもちなむ。
庭園は何段ものテラス状に造られ、筒型ヴォールトの回廊が巡らされていた。植物を植える部分にはタールと鉛による特殊な防水加工が施され、その上に排水層、さらに厚さ2メートルにも及ぶ土が積まれた。全体にはユーフラテス川の水を利用した人工的な灌漑システムまで備えていたという。
エフェソスのアルテミス神殿
古代の人々からは「アルテミシオン」と呼ばれた神殿。狩猟・野生動物・自然の女神アルテミスに捧げられた。紀元前550年頃、リュディア王クロイソスの命により建設され、おそらくそれ以前の聖域の跡地に建てられたとみられる。「アルテミス讃歌」の記述から、最初の建造物は伝説のアマゾネスに捧げられていた可能性もある。
イオン様式のこの神殿は良質な大理石とレバノンスギで造られ、数多くの彫刻で飾られ、頂部にはレバノンスギ製のアルテミス像が据えられていた。ペイディアス、ポリュクレイトス、クレシラスといった著名な彫刻家たちが参加し、完成まで実に120年の歳月を要した。
最初の神殿は、一躍名を上げたい一心で放火した靴職人ヘロストラトスによって焼失した。アレクサンドロス大王は再建の費用を負担しようとしたが、エフェソスの人々はこう言って断ったという。「アレクサンドロスよ、一柱の神が、別の神のために神殿を建てるのはふさわしくない」
神殿は旧神殿の基礎の上に再建されることとなった。工事は紀元前323年頃に始まり、金・銀・象牙・黒檀・黒い石で造られたアルテミス像が祀られた。しかし西暦268年、ゴート族の侵入によって神殿は破壊され、二度と再建されることはなかった。
オリンピアのゼウス像
高さ約13メートルのゼウス像は、彫刻家ペイディアスが紀元前5世紀に制作した。威厳に満ちた姿で玉座に座す神の姿を表現したもので、頭にはオリーブの枝で編まれた冠、右手には勝利の女神ニケ、左手には宝石をちりばめた笏(しゃく)が持たされていた。

ゼウス像の復元イメージ
ペイディアスは最高級の材料を惜しみなく使用した。木製の台座の上に各パーツが据えられ、顔や露出した肌は象牙製、衣と髪には金が施され、神聖な玉座は黒檀と宝石で象嵌されたレバノンスギ製だった。
像は分解された状態で運ばれ、現地で組み立てられた。伝説によれば、完成後にペイディアスがゼウスに「この作品を気に入っていただけたか」と祈りを捧げたところ、瞬時に像の前の地面に雷が落ちた。この雷こそが、神の承認の印だと読まれたのである。
ハリカルナッソスの霊廟
ペルシャのサトラップ(総督)、マウソロスの壮麗な墓である。王妃アルテミシアが紀元前350年頃に建立した。隣接する都市を見下ろせるよう丘の上に建てられ、高さは45メートル。基壇、列柱に囲まれた区画、そしてピラミッド型の屋根で構成され、浮き彫りや彫刻で華やかに飾られていた。
建設と装飾があまりに精緻であることから、着工はマウソロスの生前、つまり彼の死以前に始まっていたと考えられている。遺跡からの特筆すべき発見の一つが「クセルクセス1世の壺」だ。方解石またはアラバスター製のこの容器はエジプトからもたらされたもので、極めて高価かつ重要な品だった。
ロードス島の巨像
高さ30〜32メートルのこの巨像は、ギリシャの彫刻家リンドスのカレスによって制作された。高さ10メートルの台座の上に据えられ、名将デメトリオス・ポリオルケテスの軍勢によるロードス包囲戦(紀元前305〜304年)を退けたことを記念するものだった。
像が表現していたのは、ギリシャの太陽神ヘリオス。青銅製で、その制作には青銅約12.7トン、骨格用の鉄約7.6トンが使われた。安定性を保つため、鉄の骨格内には粘土と石が詰め込まれ、ヘリオスの瞳は宝石で飾られていたという。
巨像は紀元前227/226年の地震で倒壊した。地理学者ストラボンはこの出来事を「地震で倒れ、膝の部分で折れて地面に横たわっていた」と記録している。不吉な予兆とされたため神託により再建は見送られ、巨像は倒れたままの状態で放置され、最終的にはアラブ人商人に屑鉄として売り払われた。
アレクサンドリアの大灯台(ファロス灯台)
プトレマイオス1世とその子プトレマイオス2世の時代、紀元前280〜279年頃。アレクサンドリア港の近くにあるファロス島に、他に類を見ない建造物が姿を現した。古代世界で最も有名な灯台であり、設計を手がけたのは建築家ソストラトスである。彼の名は、古代の漆喰の下に残されていた碑文によって知られている。「ソストラトス、デクシパネスの子。海を航くすべての人々のために、救済の神々にこの建造物を捧ぐ」
灯台の高さは約120メートルに達し、三層構造だった。下部は正方形の断面、その上に八角形の断面の層が重なり、全体は円形の第三層とドームで頂を飾った。最上部には、海と大洋の神ポセイドンの像が据えられたと伝えられる。

ファロス灯台の復元イメージ
日が暮れると頂上部で火が焚かれ、その輝きは金属製の鏡によって遠くまで反射されたという。建造物は地震によって損傷し、上部はおそらく2世紀頃に崩落。その後、建物はモスクへと改修された。しかしその後も地震の被害を受け続け、最終的には残骸が解体され、要塞の建材として流用されたのである。
長い年月の中で、数多くの建造物を古代の七不思議のリストに加えようとする試みがなされてきたが、普遍的な合意に至ったことは一度もない。時代ごとに新たなリストが生まれ、それは変わりゆく世界の姿を映し出してきた。古代の人々が畏敬の念を抱いたこれらの驚異は、たとえ姿を消しても、人類の想像力を刺激し続けているのだ。
参考文献
- P.A. Clayton, M.J. Price, The Seven Wonders of the Ancient World, London / New York 2002.
- Szolgina, Architecture, Warsaw 1992.
- Alabastron, The British Museum Collection. Number 132114.